モノクロ同盟 (15)
3−1
書斎。
岩谷、ひとり。
本棚、机の上、がらんとしている。
チャイムが鳴る。
岩谷 はい。
伊藤、登場。
伊藤 ……ずいぶん……
岩谷 きれいになったか?
伊藤 ……さみしくなった。
岩谷 引っ越し、するんだ。
伊藤 そう。
岩谷 処分した。
伊藤 本、全部?
岩谷 ほとんどね。
伊藤 命より大切なんだと思ってた。
岩谷 ……
伊藤 わたしがなにを言っても、ああ、とか、そう、とか、てきとうな返
事ですませて、本を読んでた。
どこかに遊びに行きたいとか、なにがを食べたいとか……ただ、ふつうに、くだらない、なんでもない話をしたい、っていうのも、かなえられなかった。
あなたは、ひたすら、読んで、書いてた。
岩谷 ……
伊藤 大切だったんでしょ……命より……わたしより……
岩谷 ……必死だった。
伊藤 必死?
岩谷 なにかになりたくて。
なにか、書けなければ、おれは、なんでもない人間だから。
伊藤 ……もう、忘れものはないと思うんだけど……なんの用?
岩谷 ……やりなおしたい。
伊藤 ……どうして?
岩谷 いやか?
伊藤 ……小説を書いて、本を集めて……なにがたのしいの?
……って、いつも言ってた。
岩谷 そうだっけ。
伊藤 おぼえてないか……
岩谷 ……
伊藤 それとも、聞いてもなかったのかな……だまって、目をそらして、
原稿を書くか、本のつづきを読むか……
岩谷 ……
伊藤 ……そういうのが、本当に、いやだったんだよね……
岩谷 そういうのって?
伊藤 そういうの。
岩谷 言わなきゃ、分からない。
伊藤 ……
岩谷 ……遊びに行きたかった。
いいものを食べたいとか。
くだらない、なんでもない話をしたかった。
伊藤 そんなんじゃない。
岩谷 ……
伊藤 わたしのこと、馬鹿だと思ってるでしょ……
どうせ、自分が考えてることなんて、理解できないって……
わたしは……あなたの夢に、少しでもいいから、つれていってほしかった。
かなわない願いでも、いい。
同じ場所にむかっているって、信じられるだけで、しあわせだった。
岩谷 ……仕事をはじめたよ。
伊藤 へえ。あなたにできる仕事なんて、あったんだ。
岩谷 国語の先生だよ。
伊藤 へえ……
沈黙。
伊藤 それで?
岩谷 安定した収入を確保した……
多くはないが……
伊藤 ああ、そういうこと。
岩谷 ……
伊藤 収入が安定しない男だから、別れたと思ってたんだ……
岩谷 ……
伊藤 いやだった……そういうところが、本当に……
伊藤、去る。
3−2
玄関のチャイム。
岩谷 はい。
岸田、三上、登場。
岸田 あ、お仕事中でしたか。
岩谷 別に。
岸田 そこで、会って……
岩谷 読んだよ、原稿……岸田くん。
岸田 ありがとうございます……どうでした?
岩谷 むかついたよ……
岸田 ……?
岩谷 おれが書きたいものを、先に書きやがって……
岸田 ……
岩谷 心のなかで、かたちにならないもの……
漠然とした不安、あやふやで、それでもリアルにそこにある、あせり、いらだち……
きみのほうが、つかむのが早かった……
岸田 ……光栄です。
岩谷 そうだよ。最上級のほめことばだと思ってくれて、かまわない。
岩谷、引き出しから、封筒をとりだし、岸田にわたす。
岸田 (受けとる)……ありがとうございます!
三上 掲載の際には、岩谷先生、絶賛、と銘うってもかまいませんか?
鴎外賞受賞作家・岩谷先生のお墨つき……
岩谷 いいよ……
三上 先生の新作も、そろそろ……
岩谷 分かってる。書くよ。
三上 たのしみにしております……!
3−3
大森、奥から本をかかえて登場。
大森 おや、みなさん……おそろいで……
皆々、会釈する。
大森 先生、ありがとうございます。サイン入り受賞作……これだけあれ
ば、うちの店頭も盛り上がります。
三上 古本屋さんでは?
大森 新刊も置きますよ。先生の作品は、デビュー作からずっと入荷して
ます。でも、やっぱり、受賞作ですね。売れゆきがちがう。
岩谷 なによりだよ……売れればね……
大森 岸田先生も、次の新作では、ぜひ……
岸田 ……考えておきます。
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