【短編小説】愛の行方
高校の入学式当日、春風が校庭に咲く桜の花びらを舞い上げる。その中を、新入生たちが、新しい学校生活への期待と不安が入り混じった表情で歩いていた。
クラス発表が行われ、生徒たちはそれぞれの教室に向かっていた。周りの様子を見渡しながら歩いていた佐藤健一は、少し斜め前を歩く一人の女子生徒と目が合った。その瞬間、女子生徒はにっこりと微笑み、健一に近づいてきた。
「私は、花村愛っていうの。私、君のことが好きになったみたい。付き合ってくれない?」
まったく予想していなかった言葉に、健一は言葉を失った。
「と、突然そんなこと言われても困るよ・・・」
動揺した健一は、そう答えるしかなかった。愛は少し悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「ごめんなさい、つい勢いで言っちゃった。でも、私の気持ちは本物なの。これからもよろしくね・・・えっと、名前を教えてくれない」
「佐藤健一」
「教えてくれてありがとう。健一!これからよろしくね!」
そう言って愛は小走りで教室に向かって行った。
※
愛との出会いは衝撃的だったが、健一は、愛と同じクラスで過ごす中で、彼女が明るく活発な性格の持ち主であることを知った。
男子生徒とも気さくに話す彼女を見て、健一は少し安心していた。
しかし、愛からのアプローチは止まることを知らなかった。
「ねえ、健一くん。SNSのアカウント教えてよ。メアドも交換しない?」
休み時間になるとやってきて、しつこく迫られ、健一は仕方なく連絡先を教えた。すると、放課後になるとメッセージが届くようになった。最初は返信に戸惑っていたが、次第に愛との会話を楽しみにするようになっていた。
「ねえ。帰ろうよ」
放課後、愛は健一の席まで来て、そう言う。最初は断っていたが、徐々に一緒に帰ることが増えていった。愛は健一の腕に絡みつくようにして歩く。その度に健一は照れくさそうに顔を背けるのだが、心地よさも感じていた。
「私ね。健一君と一緒にいたいの・・・」
下校途中、愛がふと漏らした言葉に、健一の鼓動が速くなる。優しく見つめる愛の瞳に吸い込まれそうになる。いつしか健一の感情がそれまでとは違ったものになっていった。
※
月日は流れていく。二人は3年生になった。二人の関係は変わらないままだった。周囲から見れば、もはや恋人同士にしか見えない二人。しかし、肝心の本人たちは恋人であることの確認を取り合ったことがなかった。受験勉強が忙しくなったこともあり、二人はその関係性を確認しないまま、卒業に向かって進んでいった。
卒業式の日。二人は今日も一緒にいた。
「愛。今さら聞くのもなんだけど・・・俺たち、恋人同士でいいんだよな?」
健一は、心にしまっていた言葉を口にした。
「ちがうよ。」
愛は予想外の言葉で返してきた。
「そうか・・・それなら仕方ないな」
健一は下を向いてつぶやいた。すると愛が言った。
「恋人?健一、今更何言ってるの?私、健一のお嫁さんのつもりでいるけど」
(終わり)
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