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【短編小説】リスクヘッジ

「木村先輩、この前のバレンタインに宮沢さんからチョコもらいましたよね」

新採一年目の櫻井は、昼食のメロンパンをかじる手を止め、コンビニ弁当を食べている木村に話しかけた。

「ああ、義理チョコな。もらった。うちの課の男全員もらったみたいだな」

「私、義理チョコってもらったことないんですが、やはり、お返ししたほうがいいんですよね」

「まあ、返したほうがいいよな・・・。ちなみに櫻井は、課長や係長からお返しの話されてない?」

「ええ。なにも」

「昔は、課長が一番若い職員に声かけたりしたんだがな」

「課長が出してくれるんですか?」

「それは人によるな。ただ、うちの会社は、バラバラでお返しするんじゃなくて、課の男達が金を出しあってお返しするやり方が多かったんじゃないかな。まあ、この10年くらいで義理チョコなんてもらわなくなったから、過去のやり方がいいかというとなんとも」

「しかし、なんでくれたんですかね。去年、宮沢さんからもらいました?」

「いや、去年はもらってないよ」

「去年、課の他の女性がバレンタインにチョコを配ってたとか?」

「いや、俺が知る限り、この10年くらい義理チョコを配ってる女性はいないな」

「そうですか・・・。チョコもらったときはドキッとしましたが、『義理チョコ』だって言いながらみんなに配っていたから、これ、対応どうしたらいいんだろうかと考えちゃいましたよ」

「まあなぁ・・・。なぁ櫻井、悪いんだけど、お返しの取りまとめやってくれないかな。お返ししないわけにもいかんだろう」

「ああ・・・。ええ。わかりました。ただ、お返し何にすればいいんですかね」

「うーん・・・。そうだなぁ、いっそのこと本人に聞いてみたら?」

「宮沢さんにですか?」

「ああ。そのほうが早いよ。宮沢さんのこと苦手?」

「いや、そんなことはないです。仕事に臨む姿勢がスマートで憧れの先輩です」

「なら、いいじゃん。あと、なにせ義理チョコだし、宮沢さんは櫻井さんよりも入社が3期早いだけだから、年も近いし教えてくれるかもよ」

「はあ・・・。直接聞くのも無粋な気もしますけどねぇ。わかりました。考えてみます」

「わるいな。櫻井」



櫻井が義理チョコのお返しの取りまとめを押し付けられた翌日の昼。

「宮沢さん。いますか」

櫻井は、宮沢菜々美がいつも昼ご飯を食べている会議室のドアをゆっくり開けた。

「はい?」

宮沢は、自作の弁当を食べている箸を止め、入口の方向を見た。

「お昼の途中にすみません。ちょっと聞いていいですか」

「ええ」

宮沢はそう言って、少し微笑んだ。櫻井は、宮沢の笑顔に少し安心し、彼女が座っているテーブルの前までやってきた。

「あの、ほんとに無粋だとは思うのですが・・・。この前いただいたチョコですが、課の男を取りまとめて、宮沢さんにお返しをしようと思ってます。何がいいでしょうか。何を返すのがいいのかわからなくて」

「課長や係長のお返しなんていらないんだけどな」

宮沢は苦笑した。

「いや、そういうわけには・・・」

「ねえ。櫻井さん」

「あ、はい」

「私があげたチョコレートどうだった?」

「あ、ありがとうございました」

「感想聞かせて」

「いろんな形のチョコレートが入ってました。チョコもビター、ミルク、カカオ成分が多めとか、ピーナッツが入っているとか、トリュフとか味も見た目もいろんなバリエーションがあって楽しめるし、何より全体的に甘さが優しくて私の舌にはとてもあうものでした」

「へえ。ありがとう。その感想聞けただけでも嬉しいわ」

「あの・・・?」

「何?」

「今、感想を話していて思ったのですが、宮沢さんからもらったチョコレート、かなり豪華ですよね。うちの課全員に配ってお金かかったんじゃないですか?」

「大丈夫よ。だって、櫻井さんのチョコだけだもん。豪華なのは」

「え?」

「みんな同じ手さげ紙袋に入れて配ったからわからないとは思うけどね」

「・・・。それだと、私は皆さんよりも良いものを宮沢さんに返さないといけませんね・・・」

「そんなのいらないわ」

「いえいえ。そんなわけには・・・。義理チョコなんですから」

「櫻井さんのは義理チョコじゃないわ。だって、配るとき義理チョコだって言ってないでしょ?」

「え?それは、どういう・・・」

「だからね」

そう言って宮沢は箸を置いて立ち上がり、櫻井につかつかと歩み寄った。宮沢は、驚く櫻井の目を、少しだけ上を向いて見つめた。

「えっと」

櫻井がそう言った瞬間、宮沢は、櫻井の頬を両手で挟み櫻井の唇を自分の唇で軽く塞いだ。

唇と唇との触れ合いは一秒もなく、宮沢は、櫻井の頬から手を放し、後ろに離れた。

「もう・・・。鈍いんだね」

宮沢の頬が薄赤く染まった。

櫻井も顔を真っ赤にして、固まっている。

「櫻井さん。私じゃだめかな?」

「いや、そ、そんなことないです」

「それは、OKってこと?」

「えっと、あ、はい。ちょっとびっりして心臓バクバクですが。しかし・・・。このやり方って結構博打ですよね」

「櫻井さんが取りまとめになって、私のところに何がいいか聞きにきてくれるかどうかなんて確証はなかったんだけど、勝負してみるかって思ったの」

「でも、ここまでお金かけなくても、私にだけ直接チョコレート渡してくれたらよかったんですよ」

「義理チョコを配っている中で本命チョコを渡しても誰も気がつかないでしょ?櫻井さんにふられるかもしれない、目立ちたくなかったの。あと、うちの課の人たちには日頃お世話になってるから義理チョコあげてもいいかなとも思った」

「宮沢さん。もし、私が取りまとめにならないとか、適当にお返しを買うとかしていたらどうしてました?」

「時期をみて、私から告白メールを送ったわ」

「なるほど」

「ねえ。本当に私でいいの?櫻井くん」

「はい。菜々美さん」

「ふふ。じゃあ、先に帰って、あ、私へのお返しは適当にクッキーとかでいいわよ」

「はい」

「あと、今日一緒に帰りましょ」

「はい。後でメール送りますね。菜々美さん」

櫻井が嬉しそうに会議室を出ていった。

「よかった櫻井くんがきてくれて」

宮沢はそう言ってスマフォを手に取った。そして、電話をかけた。

「あ、金井くん。返事遅くなってごめん。あなたの気持ちは嬉しいけど、やっぱり私はあなたとは付き合えないんだ。私、あなたにチョコレート渡すときに義理チョコだって言わなかったから、誤解させちゃったと思う。ほんとにごめんね。でも、本当にみんなにチョコ渡してるのよ。あなたが職場からでるときに一対一で渡しちゃったのも悪かった。ほんとにごめんね。これからも仕事頑張ろうね」

(終わり)

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