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【短編小説】造反有理

(何かがおかしい・・・)

目を覚ました山田健二は、漠然とした不安が頭をよぎった。

健二は、商社勤めの30歳。2年前に同じ齢の明美と結婚した。職場での人間関係も問題なく、仕事も順調だ。明美は妻としてもパートナーとしても完璧だ。仕事が順調なのも妻のおかげだと思っている。

ナイトウエアのままリビングに降りてきた健二は、朝食の支度をしていた妻の明美に話しかけた。

「なあ、明美。変なことを聞くが、最近、まわりが変じゃないか?」

「え?何言ってるの?何か気になることがあるの?」

明美は振り返った。

「いや、何か確証があるわけじゃないんだ。なんていうか、みんなの話し方とか、表情とか、なんか不自然に感じるんだ。そうだな、スムーズすぎるっていうか、豊かすぎるっていうか」

健二は言葉を探しながら説明した。

「そう?私はみんな普通だと思うけど。健二さん、疲れてるんじゃない?最近、仕事が忙しいみたいだけど」

明美はいつもと変わらない笑顔で答えた。

「そうだな、疲れてるのかもしれないな。ただ、昨日、職場の帰りに会った2軒先の木村さん。いつもは無愛想なのに、昨日は妙に饒舌で、笑顔も大げさだったんだよね」

「あの木村さんが?それは確かに変ね。喋ること自体が珍しいわよね。まあ、でも、たまたまご機嫌だったんじゃない?」

「ああ、俺もそうかもなって思うんだが、木村さんだけじゃなくて、会社でも似たようなことがあってね」

健二は疲れた表情でつぶやいた。

「それは、間違いなく仕事のし過ぎね。長時間労働は本人が思っている以上に、精神の健康を蝕むものだって誰かに聞いたわ。少し、仕事休んだ方がいいんじゃないかしら」

明美は健二を心配そうに見つめた。

「うん。確かに、明美のいうとおりかもしれない。会社で上司と休みについて話してみるよ。ありがとう」

健二は小さく頷いた。



会社に着くと、同僚の佐藤が大げさな動作で駆け寄ってきた。

「山田君、昨日の飲み会、すごく楽しかったな!また行こうぜ!」

「飲み会・・・?」

健二は戸惑いを隠せなかった。昨日、飲み会なんてなかった。それに、昨日は、残業して佐藤と最寄り駅まで一緒に帰った。何を言っているのだろう。寝ぼけているのか。

「お前、どうした。ちょっと顔色悪いぞ」

佐藤が顔を覗き込むように言った。

「ああ。ちょっと最近忙しくてな・・・」

健二は曖昧に答えた。

「まあ、無理するなよ」

佐藤は健二の肩をポンと叩いて去っていった。

健二は佐藤の後ろ姿を見つめていた。



昼休み。健二は、今日は外食だと決めていた。しかし、食欲もなく、結局、会社近くのコンビニでサンドイッチを買うことにした。

「山田様、いつもありがとうございます!また来てくださいね!」

キャッシュレス決済で会計を済ませた健二に対して、店員がそう言った。

(俺の名前を知っている?俺はこの店員のことしらないぞ。あと、『いつも』?俺がここにくるのはかなり久しぶりなんだが・・・)

健二の漠然とした疑念はさらに大きくなっていった。

「ああ」

健二は小さな声でそう答え、急いで店を後にした。

店を出ると、健二は思わず深いため息をついた。

店員の話にもおかしなところがあるが、店員の話し方、声の大きさ、イントネーションもどこか作り物のように思える。

「俺の頭がおかしいのか、それとも・・・」



夕食の席で、健二は明美に、昼にあったことを話した。

「昨日、飲み会もなかったし、あのコンビニにほとんど行ってない、なのに、あの反応はおかしいと思うんだ。だけど、一方で、俺がおかしいのかとも思うんだよ」

「そうね・・・。確かに飲み会の話はおかしいわね。ただ、佐藤さんも疲れていたのかもしれないし、コンビニの店員のこともそんなに深刻に考えない方がいいよ」

「そうだな。ちょっと気にしすぎなのかもな」

健二は小さく微笑み返した。しかし、健二の心が軽くなることはなかった。



健二は、上司に話をして一週間年休を取ることになった。最初、健二の話を冗談のように受け止めていた上司も、健二とのやりとりで健二の様子がおかしいと思ったようだ。

しかし、年休を取っても健二の精神状態は悪くなっていく一方だった。健二は、次第に明美に対しても違和感を抱くようになっていった。そのため、妻との会話も以前ほど弾まなくなり、健二は療養のために用意した部屋に籠ることが多くなった。

食事は、明美と一緒だったが、健二はほとんど口を開かなくなっていた。

「健二さん。最近、ずっと部屋に籠ってばかりだけど、大丈夫?せっかくの休みなんだから、気晴らしに外にいかない?」

明美が心配そうに尋ねた。

「え?ああ・・・。大丈夫だよ。ちょっと考え事をしているだけだからね」

健二は虚ろな目で答えた。

「あなた、最近はほとんど話もしないし、食事も残すようになって・・・。私、あなたが心配よ。あなたさえよければメンタルクリニックを受診しない?」

「心配かけてすまない。ただ、病院はまだいいよ。今は静かにすることが一番なんじゃないかと思ってる。今の自分を否定することなく、毎日を過ごしていけば、元に戻るんじゃないかと思うんだ。」

明美は何か言いたげだったが、健二の顔を見て、黙って頷いた。



休みの日は過ぎていき最終日の日曜日になった。健二は相変わらず、療養部屋に閉じこもったままだった。

健二は、完全に目覚めていたが、布団の上で横たわり、空中を見つめていた。

(ドンッ)

突然、部屋のドアが開いた。そして、制服を着た大柄な男が入ってきた。4名はいるだろうか。6畳程度の部屋には多すぎる人数だ。着衣からすると、警察官1名と救急隊員2名、もう一人は医師だろうか。

「な、なんですか!?突然」

布団から飛び起きた健二は、部屋の窓まで後ずさった。

「健二さん。ここにずっといても良くならないから、一度入院しましょう」

「来ないでくれ!出ていってくれ!」

健二は叫んだ。

「落ち着いてください。奥さんから連絡がありました。あなたの様子があまりに変だと。あなたが自殺するかもしれないというので、私と救急もきたんです」

警察官が説明した。

「明美が?なぜだ。なぜ明美が・・・」

「何を言っているんですか。奥さんがあなたのことを心配するのは当然ですよ。最悪な状態になる前に相談してくれた奥様に感謝しなければなりません」

2名の救急隊員うち1名がそういった。

「わかった。もういい。帰ってくれないか」

健二は諦めたように言った。

「健二さん。さあ、一緒に病院にいきましょう。一度、専門医に見てもらう方がいいです」

そう言って、救急隊員が近づこうとすると、健二はさらに後ずさろうとした。しかし、健二はすでに窓ぎわにいたため、それ以上後ろに下がることはできなかった。

「触るな!」

救急隊員は、健二を無視して腕を掴んだ。

「やめてくれ!お前らみんな変だ。何か変だ!!」

健二は絶叫した。

すると、警察官が健二に近づいてきた。そして、健二の耳元で囁いた。

「そのとおり。君だけが人間としてはまともなんだよ。君以外はみんなあっというまに俺たちの仲間になった。ちょっと精神的に追い詰めてブラフをかませばすぐに抵抗しなくなる。抵抗する意思がなくなった人間は、すぐに、俺たちの『菌』の餌食になって脳が乗っ取られる。君は偉いよ。ここまで抵抗した人間は日本人では珍しい。でも、大丈夫、もう楽になれる。抵抗しない大多数の『大人の』日本人と同じように楽になれる。今から君の脳に直接この『菌』を植え付けるからね」

警官の隣には、医師が注射器を手にして微笑んでいた。

(終わり)

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