見出し画像

盛者必衰の理は、民主主義も例外ではない

7月19日の記念日【戦後民主主義到来の日】
1949年の7月19日、青春映画「青い山脈」が封切られました。この映画は、戦後の新しい民主主義の始まりを謳う作品だったという事で、このことを由来とした記念日になっているとのこと。

青い山脈は視聴したことがないので、「新しい民主主義を謳う?」と、記念日調べ中にクエスチョンマークが頭に浮かんでしまいました。では古い民主主義派というとやはりそこは戦前と戦後が境になるのかなと。明治維新以降の日本の体制は「帝国主義」の下に敷かれた、あくまで天皇から与えられた権利としての民主主義であり、それが多いに民主に傾いた大正時代の頃はあれど、結果として戦争に国民全員が駆り出されて、大きな犠牲を生むことになったという、そういった民主主義。それとは違う国民主権のもとに天皇は「象徴」として位置づけられ、政治に天皇の考えが入れなくなった、そういった類の民主主義の始まりという事なのでしょう。

しかし、戦後の全国民がより豊かな生活を獲得するために一心不乱だった時代とはちがい、今はそれだがすべて獲得されたことも過去の栄華となっている現在。民主主義はその本来の在り方を、いびつに変化させ、滅びの段に進んでいるように感じます。

物も情報も溢れかえってる時代に、既得権益として電波を牛耳っていたメディア、法の下に人心と財を貪る集団の増加、そしてそれらと結びつき選挙の為だけに政治を語る政治屋政党。三権分立などお題目だけで、司法の違憲判断は、ことごとくスルーされブレーキにもならず、あまりの身勝手な政治茶番劇の日々に、この国の半分以上の人が投票に行かない無関心さ。そして権力側にいる人間にいいようにされても、愚痴を吐くばかりで、自分達では何も変えられないと思わされてしまっている現状。

盛者必衰の理は、個に対してでなく常に国や権力、そういったものにこそ当てはまるもので、それは現在の日本も例外ではないのかなと感じます。目指した理想は素晴らしいように見えた、そんな戦後の民主主義も、終わりはそう遠くないように思ってしまうのは、もしかしたら悲観的になりすぎなのかもしれませんが、ついそう思ってしまいます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?