見出し画像

高熱チャンス


「10月2日って私なんか予定あったっけ」

 思い出してみる。10月2日はまずキングオブコントがある。今年のファイナリストはできれば全員優勝してほしいし大金持ちになってほしい、そう思うほど完璧に全組好きだった。しかし、こんなに楽しみなキングオブコント以外に絶対何かあった気がする。キングオブコントに匹敵する重要ななんか。思い出せないけど。と、かれこれ丸3日考えても浮かばなかったので、ついに妹に冒頭の質問をしてみたところ、妹からは「知るわけねえだろ」と一蹴。当然の一蹴。
 結局思い出したのは10月2日の午前1時、遅めの消灯のその直後だった。そう、10月2日から遡ること28日前、私は例のワクチンの一回目を打っていて、つまり10月2日は二回目ワクチンの日だったのだ。これに対して「めっちゃアホじゃん」と翌朝妹は一蹴。甲子園出場歴みたいに言うと10時間ぶり二蹴目。
 そんなんだからろくな準備もしないまま、副作用が大きいことで話題のワクチン二回目を打つことになってしまった。もはやどこで聞いたかも覚えていない(何なら献血のときの対策かもしれない)が、直前にスポドリは半分飲んだ。お医者さんに利き腕と反対を差し出すのにも慣れたもので、ちょっとチクッとしますよ〜の言葉通りちょっとチクッとしてあっさりと二度目の接種を終えた。

 最寄りのコンビニでソーダアイスとみかんゼリーを買って帰る。家族がいる前で「熱、出ちゃうかもな〜!」とアピっとくのも忘れない。文章からお気づきかもしれないが、この人の私はたいそうはしゃいでいた。何を隠そう二度目の接種を私は大変楽しみにしていたのだ。そして、なにがそう楽しみかというと、それは高熱の日に見る夢なのだった。

 「高熱の日の夢」とは、訳の分からない怖い夢で、つまるところ悪夢と言い換えてもいい。私は怖い夢がさほど嫌いではなくて、もちろん目覚めたとき背中にかいた汗は気持ちが悪いし、再び目を瞑る時は心細いが、自分の脳みそが作ったものだとしたら起きている私が作るものよりよっぽど質がいい。それらをわざわざ書き残してしまうくらいには、私は私が見る悪夢を気に入っている。

 そんな悪夢の中でも高熱の日の悪夢はまたテイストが異なる。私の場合は、高熱の日はほとんど決まって同じ夢を見るという点が不気味で特別だ。健康な両親から生まれた健康児の私が最後に出した高熱なんて下手すれば義務教育まで遡ってしまう。そんな折、若者ほど大きい副作用(主に高熱)という特殊な機会に恵まれた。言うなれば千載一遇の高熱チャンスだ。

 打ったのが12時、確か発熱は12時間後からと聞いていたので寝る頃に丁度熱が上がって来るはずだった。妙な高揚感は短針の運動に連動して膨らんでゆく。八分ほどに膨らんだ高揚感を小脇に19時からキングオブコントを見始めて男性ブランコの勇姿と空気階段の優勝を見届けるに飽き足らず配信のアフタートークを見た頃には0時を回っている。しかし熱が上がる様子はない。打った腕も痛くない。一回目の方が痛かったまである。俄然暗雲立ち込める。しかしこの世の万物には個人差があり、私の発熱が遅れていても何の不思議なことはない。要は寝ている間に発熱すればいいのだ。心なしか普段より調子のいい体をマットレスに倒して、睡眠時に一縷の望みを託して両目を瞑ることにする。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?