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こういうのがあと49本ある

本を作ります。個人で作るいわゆる同人誌です。内容は、1000字から2000字程度の掌編小説が50本、大体6万字くらいになるかと思います。本当は10月に完成させようと思ってたんですが、何かだらだらと11月になってしまいました。再度気を引き締め、11月中には入稿する、を目標にやってまいります。
しかし、そんなことを私はこれまで何度も言っていました。そしてこのザマです。どうしたら私の尻に火がつくのか、と考えて、不特定多数に言ってみることにしました。
作ります。本。
そんでまあ、ここに50本のうち一つを乗っけてみることにしました。50本あるとクオリティにもばらつきありますが、比較的好きなやつを読んでもらおうかと思います。こういうのを書いてますよってことで。個人的に読んでもらった人は2回目ですけど、別に2000字弱とかなんで2回読んでください。

以下、それです。

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 秋が深まる、なんて情緒はここにはなく、気がつけばいつも険しい冬の気配がある。寒いのも雪も大嫌いだ。だからこんな人も少なくて寒いばっかりのところも嫌い。あの人が帰ってきたら、今度は何でもあって暖かい自分の故郷に引っ越してやる。噴出したダフネの鼻息は白い。
 空を見上げると重たい曇天が太陽を隠していた。今にも落ちてきそうだ。ダフネは故郷のからりとした空気と燦燦と注ぐ日の光を思い、ため息を吐く。なんだって私はひとりでこんなところに。
 大嫌いなこの国はしかし、ダフネが世界一好きな人の故郷でもあった。「僕がついているから大丈夫」と、そう言われてついてきた。あなたがいれば大丈夫ね、と確かに言った。
 雪が降り出した。この国特有の、水分を含んで大粒のぼた雪が積もって行く手と視界を遮る前に家路を急ぐ。それに、もし、もしもダフネがいない間に彼が帰ってきたら、かわいそうだ。今日こそは帰ってくるかもしれないと思えるのはどうしてだろう。ダフネは今も新鮮に彼に会いたい。
 錠前を駆けたドアの前にも、そのドアの内側にも彼はいなかった。ダフネは暖炉に薪をくべて、すっかり慣れた手つきで火をおこし、手を温めた。 「寒い」そう言ったらいつも彼が暖めてくれた手を、今は自分で起こした火が暖めている。乾燥した木を食みながら強くなる火は、ダフネの手を急激に暖めた。皮膚がジンジンするので火から離れ、今度は台所で鍋を温めるための火を起こした。
 ダフネが作るのは専ら、豆とじゃがいものスープだった。かき混ぜていると段々湯気が立ってきて、やがて鍋肌が小さく泡立ち始める。もう一度大きくかき混ぜてから、底の深い皿によそう。乾燥豆を戻した具で作るスープは日持ちがするから、もしも彼が夜中や、ダフネが留守の時に帰ってもすぐに暖かいものが食べられるように沢山用意してある。それに、今日の食事がスープとライ麦のパンと塩漬けのニシンの簡素なものなのは、彼女が食べるためだからであって、彼が帰ったらすぐに彼の故郷の御馳走を何でも作ってあげるつもりでいる。
「だから、いつ帰ってきていいわ」
 ぱちぱちと薪が燃えるばかりの部屋に、ダフネの声が響いた。食事で温まった彼女の頬は薔薇色に染まり、そばかすが浮き上がる。そばかすの散った顔はこの国では珍しい。栗色の髪も亜麻色の瞳も雪の中ではひどく浮いて、また人々の中にあっても浮いた。ダフネはここではいつまでもよそ者だった。それでも、彼がいるならいいと思っていたのに、その彼は少し待っていてと言ったきり随分帰ってこない。
「このままじゃ、あなたがいなくても平気になっちゃうじゃないの」
 それが心にもないことだとダフネは分かっていた。どれだけ料理に、薪割りに慣れて、雪との付き合い方を分かっても彼がいなければだめなのだとダフネはよく知っていた。彼がいないここで暮らしていくことが、普通になるのが怖い。いつかすっかりなじんでしまうのが怖い。だからすぐにでも彼が必要だった。彼を思っている必要があった。
 外は既に暗く、死んだように静かだ。雪は音を吸い込んで殺してしまう。ああ、わざと息苦しいふりをして彼を待つばかりの静かな冬が怖い。
「怖い」
 暗闇に投げた声すらも分厚い雪が阻んで殺した。


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ということなので本作ります。

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