豆乳と苦汁

出自は確かに違う。君は青い海から来た。君は荒れ狂う波濤の一部だったかも知れないし、光も届かない静かな海の底だったかも知れない。ともかく君は海から来て、そして海の一部だった。塩化マグネシウム。素敵な響きだ。

一方、僕は北のだだっ広い大豆畑で生まれた。君が水平線を見ていた時、僕は地平線を見ていた。大豆だったんだよ、君と出会う少し前まで。小さい頃は緑色をしていたんだ。ねえ、信じられるかい?今じゃ真っ白なこの身体がさ。

僕たちが出会ったのはある意味で奇跡だったのかも知れない。考えてみてほしい。この地球上にどれだけの海水があるか。13.7億立方メートル。想像出来るかい?僕にはちょっと難しい。途方もない量だ。その中から君は、苦汁として、選ばれてやって来た。

僕だって、君ほどではないけれど、必ずしも豆腐となるべくして生まれてきた訳じゃない。今頃納豆になっていたかも知れないし、煮豆だったかも知れない。或いは味噌やきな粉かも知れない。食材どころか油やインク、飼料にされていた可能性だってある。

そんな途方もない確率の中で僕たちは出会った。豆腐屋の片隅で。君は苦汁として、僕は豆乳として。これを奇跡と言わず何と言おう?僕たちはひとつに、そう、豆腐になるんだ。

豆腐になった僕達が君なのか僕なのか、あるいは新しい誰かなのかは分からない。でも僕はそれを嬉しく思う。もうすぐ夜が明ける。豆腐という、新しい自分が始まる。

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