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新しい朝

秋風は人の心の弱さをさらう。
あんなに暑かった夏は急に力を弱めて、夜になるとすうっと涼やかな風が行き交っている。
また今年も何処かに行きそびれてしまった。
そんな風に、僕をセンチメンタルな気持ちにさせるのだ。

夜、僕は散歩をしていた。
特に何があったわけでもない。
ただ、散歩がしたい気分だったのだ。
空も小川も暗くて黒い。
僕はぼんやりと歩いた。

ふと気づくと、川の向こうから何かがやってくる。
馬だ。
暗いのに馬は不思議とはっきりとみえる。
赤茶色の綺麗な肌に、うっすらと金色のたてがみをなびかせて、黒々とした目で僕をみる。
「連れて行ってあげようか」
あぁ、これは夢だ。
普段だったら保守的な僕はこんなことはしない。
でも夢ならいいかと、思い切って僕は馬の言うままに背中に乗ってみた。
正直、あまり深くは考えていなかった。
ただなぜだか、まいっかと思えたのだ。
馬は小川をそのまま駆け出した。

月明かりの中、小川はキラキラと揺れている。馬と僕が走ると川の水が飛び跳ねて、跳ねた水は魚になったり、星になったりした。
僕は思わず目を見張る。
川づたいに生える草花たちはぼうっと光って揺れていた。
風のように僕たちは通り過ぎていく。

「どこへいくの?」
大きくて真っ直ぐな耳に口を近づけて僕は聞く。
馬は振り返らずに言った。
「ここではない、どこかへ」
ここではないどこか。
僕は心の中で復唱して星空を仰いだ。

そこではっと目が覚めた。
僕は元の場所にいて、馬の姿は消えていた。
時刻はもうすっかり朝だった。

小川はキラキラと光っている。
僕はしばしその風景にみとれていた。
光と影は交互に流れていて、少し冷たい秋の風が僕の頬を撫でていた。

「どうかしました?」
見上げると知らない女性が立っていた。
僕は慌てて立ち上がる。

「ちょっと遠くに行ってました。」

そういうと彼女は、そうなんですか、と言って少し笑った。
「どこに行ってたんですか?」

朝日が当たって髪が赤茶色く透けている。
あ、似ているな。
と僕は思う。
「ここではないどこかへ」
そう答えながら、でも馬に似ているなんて言ったら気を悪くするだろうなぁと考えて、そっと心にしまっておいた。


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