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幸先

「ほんと、すごい偶然だよな」
ざわざわとした居酒屋で、彼の友人は興奮しながらビールを回す。
「それにしても会社さぼって恋人と旅行か。いいご身分ですねぇ」
軽口の中に見え隠れする優しさが、彼との仲の良さを滲ませていた。
笑いながら彼がジョッキを持ち上げ遮った。
「ま、何はともあれ、カンパーイ。お疲れー」
「いや、君たち仕事してないんでしょ、疲れてないでしょ。はいカンパーイ」
ガチャガチャとジョッキをぶつけ合って私たちはビールをごくごく飲んだ。



北海道で食べ歩きの楽しさに目覚めた私たちは今、大阪にいる。
食い倒れといえば大阪だ。
散々食べて、次は何を食べようかと、大阪の賑やかな夜の街を2人で歩いていたら、偶然彼の友人に出会ったのだ。
会社の同期でつい数ヶ月前に転勤になったということだったが、すっかり地元感を醸し出している。



「それで、どうして2人で急に旅行なんてしてるの?」
友人は彼に聞く。
はい、と私にはサラダを取り分けてくれた。
「なんでかなぁ、なんか急に離れ難くなって」
そうだったのか。
急に思い立ったように付いてきてしまったけれど、そういえば旅の理由は聞いていなかった。
「で、大阪まで食い倒れに来たのか」
「まぁ、そんなとこ」
友人と話す彼はいつもよりちょっと男っぽくてすまし顔。
そんな彼は新鮮だ。


「でももう折り返しだよ」
寂しそうにビールを飲みながら彼が言った。
「北海道まで行ったから、あとは彼女の家がある沖縄まで下るんだ」と。
テーブルの下で、彼の手が私の手に触れた。
彼の温度が伝わってくる。
友人はそっか、と相槌をうった。
店員がきて、おかわりのビールをテーブルに載せていく。
友人は膝をついて店員に空のジョッキを渡しながら、じゃぁさ、と続けた。
「今日俺らが会ったのは運命かもな」
腰を下ろし自分もビールを飲みながら友人は力強く頷く。
「俺が、君らのこの旅の証人になるよ」



そこで私はこの友人が、旅に出てから初めて会話した"以前から私たちを知っている人"であることに気がついた。

旅ではずっと、彼と2人きりだった。
それは夢のように楽しくて、でも蜃気楼のようにどこか不安が付きまとっている。
それが、今はどうだろう。
友人の存在で、現実の色を増している。
彼が繋いだ手を強く握った。
ぎゅう。
私も握り返した。

ふふふ。愛だねぇ。
友人は楽しそうに笑った。


帰りはホテルまで友人が送ってくれた。
街の中は明るく騒がしかったのに、少し離れるとしっかり暗くて静かだった。
「あんなに夜が明るいのは東京くらいなんじゃない」
友人が言った。




「それじゃあ、またね」
「また。ありがとな」
「楽しかった。ありがとう、またね」
感慨にふける事もなく、ホテルに着くと別れを言って、友人は夜の闇に帰って行った。
背中にビルと月のわずかな光を受けて。


「良い人だね」
私が言うと、彼はにっこりと笑った。
「うん、良いやつだよ。今日あいつに会えて良かった」
彼はすごく嬉しそうだった。
そうして2人で、友人の霞んでいく背中を見送る。
「また今度、会いにこようね」




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