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昔話のその後 /第8話

「私と、零と、お母さんは、死んだの?」

震える声をぐっと抑えて、菜々子は先生に訪ねた。
目も頭もぼうっと熱い。

「先程、君を調べさせてもらったが…。君の脳は人間だ。しかしそれ以外はロボットだ。おそらく、あの事故で人体を損傷し、人間の身体のままでは生きられなかったのだろう。」

ガシャン。先生は車椅子から音を立てて崩れ落ちると、ロボットのような義足の膝をついて額を床に押し付けた。
「申し訳ない…」



菜々子は黙ったまま彼をみつめていた。
正直、自分と自分の家族がこうなるきっかけを作った1人でもある、目の前のこの人は許しがたい。
しかしこの人だけが悪いわけではないのだ。
それに、今は過去を責めるよりも優先したいことがある。

「過ぎたことはもういいです」

仕方なく、菜々子はそれだけ言った。
それ以外、言うこともなかった。
今どんなに罵声を浴びせたところで何も変わらないことくらい、分かっていた。
心の中に黒いどろどろした気持ちが沸き上がってくるのを必死に抑える。
飲み込まれて溜まるもんか。

その様子をみていた俊は、ふぅっと息を吐くと、菜々子の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「まぁ、菜々子がいいなら、いい」
そして、先生の前にしゃがみ込み、ポケットから1枚の写真を取り出す。
菜々子も1度見たことがある、菜々子の写真だ。右下に『case.7』の文字がある。

「先生、実験に使われたのは何人ですか?case.7の文字がここにあるってことは、最低でも7人いるんでしょう」

先生は顔を上げると、あぁ…と呟いた。

「確かに、7名だ。それぞれ名前にちなんだ番号をつけた。零くんが0。コネクションを確立するアンドロイドは1。まぁNo.1は人ではなく完全なるアンドロイドだが。奥さんの睦美さんが6。菜々子ちゃんが7。あとの数字は…」

先生が口ごもる。
「動物だ」
俊がそれを聞いてチッと舌打ちする。
「やっぱりな」

「テストするには数が足りなかった。サイバーシティにいる猫を数匹連れてきた」
先生は憔悴仕切った顔をしている。
「2,3,4,5は猫だ」

「その猫達はどこへ行ったんだ」
「分からない。爆発に彼らも巻き込まれたのかもしれない」

先生は俯いて言った。
「私は、次に目が覚めた時には病院にいた。新聞をみると、プロジェクトは失敗し私は研究所の所長を退任したことになっていた。死者・行方不明者は総勢242名。その中には、菜々子ちゃんや零くん、睦美さんの名前もあった。

退院すると、私は自室に引きこもった。元々家族もいない身だ。
心配して様子を見に来るものもいない。
度々くる取材の依頼もすべて断った。」

ウーちゃんが先生の側に寄り添い、立ち上がるよう手を差し出したが、先生は首を振って、いいんだ、と断った。

「ところがだ。最近になって街に出てみるとどうだろう。
だれも事故のことを覚えていやしない。あの時の記事はすべて、どこにも残っていないんだ。私は正気を疑った。あれは夢だったのかもしれない。そう思うほどに、だれも何も覚えていないんだ」
先生の声に力がこもる。
「しかし、キリーから君たちのことで連絡をもらってやっと気づいたんだ。このままではいけない、と。きっと何か悪いことが起きているに違いない」
先生ははっきりと言った。
「私はもう、逃げてはいけないんだ」

俊は、そうですね、と冷めた声で言う。
先生は顔をあげて俊の顔をみた。

「それより、君はどうしてこの写真を?君は、どうしてあの事故のことを調べているんだ?記憶があるのかね?」

すると俊は、ははっと乾いた声で笑った。

「俺も忘れてましたよ。でも、ある人が教えてくれたんですよ。雨の中、猫をいっぱい抱えてね」

コンコン。ドアをノックする音がする。
俊はドアを開けた。

「ちょうどいいタイミングだよ」

そこに入ってきたのは、青い髪の少女だった。

「先生、No.1ですよ」
俊が彼女を紹介する。
彼女は軽く頭を下げると、菜々子の方を向いた。
「また会えたね、菜々子」

彼女の青い髪がサラサラと揺れる。
「ピヨ?」
菜々子の言葉に、彼女はにっこりと頷いた。
菜々子は夕陽の中の彼女の笑顔を思い出す。


この世の中の全てのことは偶然ではないのかもしれない。
ー 必然だ。


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