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母 /第15話

「お父さん、もう、やめよう」
そのとき、声がして全員が振り返る。
ピヨと零だった。
零も記憶を思い出し、そして自分の心を取り戻したのだ。

「そんなの、お母さんの望んだことじゃないよ」
零が言うと、箸本は首を振る。
「何を言うんだ。睦美は今だって言っているぞ。世界を平和に、と…」
「それは、お母さんの言葉じゃない。サイバー・Cの機械にいつからから組み込まれてしまった人間たちの欲望が、そう言わせてるんだ」
零は静かに言った。

「皆の記憶を消した時から、僕も菜々ちゃんも、そしてお父さんも。自分の一部がなくなっちゃったんだ。それで、サイバー・Cの思想にどんどん飲まれていっちゃったんだよ。メインコンピュータの中には、お母さんの脳はないんだよね?だって、お母さんは…死んだんだ」

ガ…。ガ…。
メインコンピュータが騒ぎ出す。バチバチと光を放ち、今にも爆発しそうだ。
「やめろ、やめろ」
箸本はメインコンピュータにすがった。
俊は立ち上がった。
「箸本さん。あんたの言う平和ってなんだ?皆が誰かが決めた思想を掲げて皆が同じ方向を向くのが平和だって?そんなの平和なものか。そんなのはな、ただの独裁者だよ」
ガガガ…。
メインコンピュータは止まらない。
箸本は大声で叫んだ。
「睦美!やめてくれ!」


すると、メインコンピュータが光り、声が聞こえた。
「あなた・・・」
「睦美?」
「もう、いいのよ」
「睦美、そんなことを言わないでくれ。子ども達も生きている。事故のことだってみんな忘れさせる。そうしたら、僕たち家族は、もう一度やり直せるよ」
「もう、いいのよ」


それは不思議な光景だった。
零の言うことが本当であれば、今ここで話しているのは誰なんだ。
俊は先ほどの光の点滅を思い出す。
これは一体、誰だ。

「あなたのいう通り、私たちの二人の子供は、こうしてまだ生きているわ。どうか、私たちの宝物を守って。この機械を壊して」

「そんな。僕に再び君を殺せというのか」
箸本はメインコンピュータに顔をうずめた。
すると、メインコンピュータは優しく光った。
「大丈夫。私はあの時死んだのです。これはあなたが作った私の残像よ」

箸本は顔を上げた。
その頬に、やがて一筋の涙が落ちた。

手元のスタンガンのスイッチを入れる。
そうして、そのまま、コンピュータに押し当てた。

バチィ!
ものすごい音がして、建物が揺れる。
「崩れるぞ!」
俊が菜々子のを腕を引っ張りあげる。

「お母さん!」
菜々子が叫ぶ。その瞬間、菜々子の頭の中には、あの時の声が聞こえた。
「ありがとう。菜々子」


そうか、お母さんだったんだ。
あの時私を導いてくれた声は…。
お父さんが愛してお父さんが作り出した、お母さんだ…


菜々子はそのまま意識を失った。




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