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りんご煮は起きてから食べます

寝込む私を空さんが看病してくれている。
温かい生姜のスープと、たまごのおかゆが身に染みる。

「うう…、空さんごめんなさい…」

「いや、謝ることじゃないでしょ。
むしろ大丈夫?梅ちゃんが体調崩すなんて、年に一回あるかないかだよね?」

「高校は皆勤賞、仕事も皆勤賞でした…」

「今日も休みの日に熱出してるしね」


体が強いのを取り柄に生きてるから、取り柄がなくなった私はいま、無力どころの騒ぎではない。

それなのに空さんはいつもと変わらず、優しく接してくれている。

どうしてこんなに優しいのか。
今の私は優しくする価値もないのに。


「りんごたべる?甘く煮たやつ」

「……おいしそう」

「梅ちゃん、焼きリンゴとかアップルパイ好きだもんね。
シナモンは体にもいいし、作っておくから、食べられそうになったら声かけてね。

これ、体温計で熱測ってみて。
計り終わった頃にまた来るから、そしたら氷枕新しいのに変えようか」

空さんって、ナイチンゲールでもあったんだなあ。

体温計を脇に挟みながら、空さんのテキパキに感動する。
空さんがテキパキしてるのなんて、別に今日に始まったことではないけれど。

「熱は……38.0かあ。
仕事、明日も休みなんだっけ?」

「はい」

「そしたら、明日丸一日様子見てだね。
はいこれ、新しい氷枕。起き上がれる?」


頷いたのに、背中に腕を回して、起こしてくれた。
起こす時に私の手を優しく握ってくれた、空さんの手は冷たくて気持ちいい。

私の氷枕を持ってたからか、と思ったら一気に申し訳なくなった。


「汗あまりかけてないね。
白湯とスポーツドリンクどっちがいい?」

「え?選んでいいんですか?」

「うん。
体に寒気するようだったら白湯にした方が飲みやすいでしょ」


手際が良すぎてもはや、甘えるとかの次元を超えてる気がする。

激甘スイートレインボーナイチンゲール赤十字って感じだ。


「……よし。寝れそう?」

「えっと、……ちょっと、たくさん寝たから、寝れるかどうか……」

「そしたらこれ使って」


目元が温かくなる使い捨てのアイマスクを渡された。
袋を開けると良い香りが広がる。


「すごいなにこれ」

「リラックスできるから、寝やすいよ。
寝れなかったとしてもこれつけて目閉じるだけでだいぶ良い」


飛行機のファーストクラスとかってこんな感じなのかなあ。
至れり尽くせり、かゆいところに手が届く、欲しいものが全て揃ってる。

っていうか、これだけ病人の世話が得意だったら、きっと絶対、育児とかもできちゃうよね。

「空さんの子どもは幸せですよねえ」

目元のアイマスクがじんわり温まってきて、確かにこれはリラックスできる。
心なしか、肩の力が抜ける。


「おれのこども?」

「はい。
まあ、空さんの子どもってことな私の子どもってことなんですけどねえ、あはは」


あんなに寝たのに眠気が襲ってきた。
空さんが何か言った気がしたけど聞き取れなくて、私はそのまま、深い眠りに落ちていった。


りんご煮は起きてから食べます




**


「それって、梅ちゃんは俺と家族になるってこと?」


渾身の一言に彼女は無言だった。
数秒後、寝息が聞こえてきて、眠っていることを確認した。

廊下から梅ちゃんの様子を伺った妹の初穂は訝しげに俺を見てくる。


「は?空、病人相手に目隠しプレイ?!」

「病気の梅ちゃんにはそんなことしない」

「病気じゃない時はしてるみたいな言い方やめてくれる?」


俺は梅ちゃんといつだって、家族になって子どもをたくさん作りたいよ。


そんなこと、今言うことではないのかもしれないけどさ。



2023.09.05

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