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「コンテニュー」感想/新しい旅が始まる

○前書き

 今回感想を述べるのはこちらのライブのアーカイブです。
遠方や用事、何よりこのご時世でどうしても行けなかった方々の為にありがたい仕様でありました、勿論その中に私も含まれています。
 今回もネタバレ込で書き連ねるのでアーカイブ購入してからお読みになることをオススメしたいですが、それではあまりにも不親切なので今回からネタバレになる段落は強調して表記しますね。○はネタバレなし、●はネタバレありです。(現在は他の記事も同じような修正をしております。)

尚、購入はこちらから、2020年12月17日までの配信なのでもう見られませんね。
https://kisshou.thebase.in/items/35939012

○求めていた景色に一歩踏み入れて

 今回のライブは立川吉笑さんが演じる落語にツチヤタカユキさんが語るVTRが交互に披露されました。この文面から見るからにして、落語の独演会よりも芸人の単独ライブに近いです。まるで新しい形の「落語」というよりも「笑い」を作り上げようとしていました。
元々、90年代の千原兄弟の芸風をリスペクトしてそれをこの時代でこのライブで表現しようとしています。それは8月に見たツチヤさんが書いた落語台本の落語会よりも刺激的で私も満足していました。それは2時間強の公演があっという間に過ぎていく程の体感でもありました。

 実を言いますと、私は何年もある国家資格の勉強ばかりしています。そのため、大学卒業してから家事やちょっとした在宅ワークはしているが外に出ることはあまりなく何年も億劫で自分は情けないと感じて生きていました。今、この情勢になってから今まで外で楽しんでいた者を軽蔑するかというと私はそうではなく、むしろ絶望が深くなってしまいました。
 と言うのも、私は趣味でお笑いライブに月1回程度だが嗜む人間なので今回の事で落ち込むの無理な話ではなかったのです。この公演も元々6月に開催される予定でしたが、影響を諸に受けて延期からの11月開催になりました。ちなみに、私が勉強している資格の試験日は11月にあるのでよりによってと目を丸くして、ライブが東京開催のもあってかそのまま会場に足を運ぶのが不安でしたが、立川吉笑さんが前々から自身が出演した落語会をアーカイブ配信に力を入れていたため今回アーカイブで楽しめられました。

 そして、毎年勉強して家の事をしてと同じことの繰り返し、自分の悪い面に気づいても未来を信じられず改善に走ることはなく、何も変わらない月日ばかりが過ぎて自分の醜さばかりが積もるばかりでした。今年も合格できる可能性は低いと痛感したときにこのライブを知り、アーカイブ配信もあるので今年の試験が終わってから視聴する事に決めました。
 このライブに「未来」を信じる可能性が私の中で目覚めました。紋切り型の感動作品になびかない私はこのような新鮮な体感を忘れたくないと刻みました。私もまだやれることがあると試験が終わってからの冷たい感情に整理をして、今は準備しています。探しているだけではなく、手に入れたものを大事にするために頑張っています。

●まだ旅は始まったばかり

 この公演で特に私が気に入った落語の演目は「乙の中の甲」です。また、特に気に入ったVTRは「ソー シャ ル ディ ス タン ス」でありました。
前者については、「甲」や「乙」は日常生活に耳をしない私が勉強している資格には深く関わる言葉が落語に組み込まれるのは聞いたことがないから未知の体験をしていました。と言っても、私は落語に関しては深く入ってはいないから大袈裟と思ってもいいです。
現実と理想が織り交じる展開は少し頭を使わないと混乱もありうりますが、終盤に掛けて繰り広げられる怒涛の展開からなる「凄み」の高波に飲まれました。

 一方、後者は今の自分に深く突き刺さりました。前述の通り、私は所謂「引きこもり」と言ってもおかしくはありません。前記の軽蔑だけでなく変わってしまった世界に私は関係なく過ごそうと、また家族にも目立った影響もなくそれはそうだなと更に強く思っていました。
 でも、あるかもしれない現実を書くのは誰にだって出来そうですけども、それがコメディに変換するのは今だと難しい話です。私や私の家族のように全員が全員同じ状況ではないから、捉え方は人それぞれになりますね。そして、それを発しやすい世の中ではどこに当たってしまうのか不透明です。発信側だけが苦しいわけでなく、受信側も不意に届いてしまうこともある苦しみがあります。私としてはこの作品を笑えると認識しましたが、それを維持できるのかが問題でしょうね。
その自分が大事に出来ないと自分の中に「未来」はないです。

 さて、ここまで書き続けたのですが、一つ気になったところがありました。それは、この公演で吉笑さんとツチヤさんがまだ足並みを揃えたばかりと見受けられました。お2人がやりたい笑いの世界を体現するには一方通行には限界がある、何か交わるポイントが見つかるべきです。たしかに、今回は落語側のファンでツチヤさんを知らない人の為の導入があった訳ですが、上から目線と感じていました。
甘い信者として生きていないので、このことはどうしても言いたかったのです。

 尚、この公演で参考にしたかった千原兄弟の単独ライブは音源さえも残されていませんでしたが、それについて取材された書籍は発売されています。古い本けれども、Amazonで今でも購入可能です。私はその本は地元の図書館で借りてからアーカイブ配信前に読破しました。型にはまらない新しい笑いの世界を描こうとしている情熱はこの書籍にもこの公演にもありますが、後者は前者の領域にまだ届いていない、続ける事に意味があると考えているのが私の願いです。
今、千原兄弟はあの頃とは変わってしまいましたが、旅はまだ始まったばかりだから情熱ある時を「悪」と思ってほしくないです。


○後書き

 「深夜のアジール」は生き残るべきと思います。それが消された「同調圧力」の世の中になってほしくないと考えても、刺激から離れたくてしょうがない時は私もあります。
 これから2人の活動ですが2020年中にあるコンテストに参加したり(結果は残念でした)、来年冬に「コンテニュー」の次回公演も開催予定とされたりと近い未来はあります(今は休止中)。情熱は良いが、道半ばで燃えつくことがあってはほしくありません。「未来」は1つの方向性だけではないですから。

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