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ジョグジャカルタ思い出し日記|西田有里

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インドネシアの民族音楽ガムランの奏者であり伝統芸能ワヤンの活動を行う西田有里が2000年代終わりに過ごしたジョグジャカルタでの日常を綴る。路地裏にあった家とそこに住む人々との可笑… もっと読む
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ジョグジャカルタ思い出し日⑫|西田有

老婆たち  いつものようにマタラム通りの家に遊びに来たら、知らない老婆が洗濯物の山の中にちょこんと座っていた。ぎこちない手つきでものすごくゆっくり洗濯物にアイロンをかけている。  ラストゥリさんに聞いてみると、お手伝いさんに来てもらうことにした、とのことだった。ラストゥリさん家は育ち盛りのやんちゃな息子が二人いる上に、ルジャールじいさん夫妻とナナンの分の洗濯もあって洗濯物の量が多いから家事を一手に引き受けているラストゥリさんは想像以上に大変だったのかもしれない。私もこのとこ

ジョグジャカルタ思い出し日⑪|西田有里

おばあちゃんの日本語 ルジャールじいさんの奥さんはカルジアさんといって、ルジャールさんよりは4~5歳年上の姉さん女房だ。家族にもご近所さんにも「バ・ウティ」と呼ばれていて、これはジャワ語でおばあちゃんと言う意味の「バ・プトゥリ(Mbah Putri)」が変形した幼児語のようなもので、日本語で言ったら「ばあば」みたいな感じか。  ルジャールじいさんの家の壁には白黒の昔の写真がいくつも飾ってあって、若い頃のおばあちゃんの写真は細身の体にバティック布をビシッと巻いていたジャワの伝

ジョグジャカルタ思い出し日記⑩|西田有里

なんでも屋さん   ジョグジャカルタではどの町内にもちょっとした家屋の修繕やリフォームなど何でも器用にやってくれる人が一人はいるんじゃないかと思う。私がジョグジャで最初に下宿した家でも、雨漏りした時や屋根にネズミが挟まって死んでしまった時など、大家さんに助けを求めに行ったら、すぐに近所の手先の器用なお兄さんが呼ばれて、あっという間に屋根に上って直してくれた。もちろんそのお兄さんに修理にかかった費用や日当はお支払いするけど、彼は工務店や内装業の会社を営んでいるというわけではな

ジョグジャカルタ思い出し日記⑨|西田有里

仕立て屋さん  ジョグジャには仕立て屋さんがたくさんいる。布地を売る店もたくさんあって、ちょっと余所行きの服を仕立てたり、何かの行事があるときに参加者全員でお揃いの服を仕立てたり、ということが日常的に行われている。立派な店舗を構えているお店もあれば、近所の知り合いの奥さんが自宅で他の仕事の合間にやっているような仕立て屋さんもあり、金額もクオリティーも様々とはいえ、よほど特殊なオーダーでない限り既製品の服を買うのと大差ない値段で気軽に自分の体形や好みにあった服をオーダーメイド

ジョグジャカルタ思い出し日記⑧|西田有里

屋台のインスタントラーメンと家の冷蔵庫  ジョグジャカルタの街中には軽食や飲み物を出してくれるアンクリンガンと呼ばれる屋台がたくさんあることは以前にも触れたけど、マタラム通りの道端にはアンクリンガンがいくつも営業していた。だいたいどこも似たようなサービスのお店ではあるけれど、営業時間が違ったりメニューが違ったりとそれぞれにちょっとした特徴があって、似たような店が目と鼻の先にいくつもあるにも関わらず競争が激化することもなく、それぞれにうまく棲み分けられているようだった。 ルジ

ジョグジャカルタ思い出し日記⑦|西田有里

ドリアン  1年を通して夏のように暑いジョグジャカルタでも季節の変化を感じられるものがあって、その一つが果物だ。それぞれの果物の旬をはっきり把握している訳ではないけど、マンゴーやランブータンやドゥクやサラック(サラカヤシ)など、旬の頃になればあちこちの通りの道端でいっせいに売られているのを見かけるようになって、あ、マンゴーの季節になった!、などと感じることができる。  中でもちょっと特別なのはドリアンである。強烈な匂いが有名で日本ではあまり評判のよくない果物だけど、ジョグジ

ジョグジャカルタ思い出し日記⑥|西田有里

来客 ルジャールじいさんの家は毎日とにかく来客がとても多かった。観光地としても有名なマリオボロ通りから歩いてすぐという便利な立地のせいもあるだろうし、ルジャールじいさんがワヤン人形作家としての仕事が絶好調な時期だったということもあるだろうが、何より誰に対しても気さくなルジャールじいさんの人柄もあるのだろう。  仕事関係でやってくる人は、ワヤンを注文するお客さん、ワヤンの材料を持ってきてくれる業者の人や作業を手伝ってくれている職人さん、メディアの取材の人、イベントの打ち合わせ

ジョグジャカルタ思い出し日記⑤|西田有里

ジョグジャカルタの名物料理グデッ  ジョグジャカルタの名物料理といえばグデッである。ジャックフルーツを甘辛く炊いたものと、ココナツミルクで煮込んだ鶏肉や卵や豆腐、牛の皮を唐辛子と一緒に煮てスポンジみたいな食感になっているものなどのおかずを、ご飯にぐちゃっとのせて食べる。甘みが強くてあまり好みでないという人がインドネシア人の中にも多いけれど、私はこれが結構好きでジョグジャでまた食べたいものというと真っ先に思い出される。  グデッはGudegで、日本人には発音するのがなかなか難

ジョグジャカルタ思い出し日記④|西田有里

出張美容師さん  外国で散髪するのはなかなか勇気がいる。日本のようにあちこちに美容院があるというわけでもなく、腕の良い美容師さんをどうやって探したらよいか分からないし、外国語で自分の希望を伝えるのも自信がない。大学の伝統音楽科のクラスメートの女の子たちは皆、伝統衣装で日本髪のような髷をつけた髪型にするために髪を長く伸ばし普段はひっつめにしていて、美容院に行ってヘアカットする習慣はどうもないようなので参考にならない。しかし、もともと硬くて太い私の毛髪は1年以上放置されて非常に

ジョグジャカルタ思い出し日記③|西田有里

深夜の屋台の焼鳥  ジョグジャカルタの町は24時間何かしらの食べ物の屋台が出ている。特にアンクリンガンと呼ばれる、揚げ物や焼き鳥などのお惣菜、バナナの葉っぱにくるまれたご飯、飲み物などを出す屋台が至る所にあって、深夜でも早朝でも小腹を満たすのには困らない。イスラム教徒が多い国だからアルコール類の提供は無いけど、甘いジャワティーやコーヒーを飲みながら長時間居座ってお喋りしている人もいる。  ルジャールじいさんの店からマタラム通りを北に100mほど歩いた三叉路にあるアンクリンガ

ジョグジャカルタ思い出し日記②|西田有里

お茶  ナナンのおじいさんであるルジャールじいさんは、影絵芝居ワヤンの人形を作る作家だ。影絵芝居ワヤンの人形は、水牛の皮でできていて、一つの人形が出来上がるまでには材料の皮の加工・透かし彫り・彩色など様々な工程があるが、ルジャールじいさんは影絵人形のデザイン画作成と、出来上がった人形への彩色の工程を家で行っている。地元ではなかなかの有名人で、外国からの注文も多く、オランダの歴史上の人物とか、オバマ大統領とか、動物とか部屋にはいろいろな作りかけの影絵人形がぶら下がっている。2

ジョグジャカルタ思い出し日記①|西田有里

はじめにはじめまして。西田有里と申します。現在、インドネシア人の夫とともに、大阪を拠点にインドネシアの伝統芸能である影絵芝居ワヤンに関わる活動を行っています。 私は2007年~2010年にインドネシアのジョグジャカルタという町の芸術大学に留学し、ジャワの伝統音楽ガムランを学びました。留学中は大学の授業の他にも伝統芸能の実践の場に参加する機会を頂き貴重な経験をたくさんしましたが、留学期間の後半は大学近くに借りていた下宿よりも今の夫が祖父母と暮らしていた家で長い時間を過ごすよう