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にほんご回復中|篠田千明

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10年の海外生活から帰って来たら日本語がボロボロになっていた!? 思考と日常を行き来しながら、奇才の演出家篠田千明が絞り出す、言葉のリハビリエッセイ。果たして何文字まで書けるのか… もっと読む
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記事一覧

にほんご回復中【3860字】|篠田千明

第五回 3860字    コロナの後、初めてバンコクに帰ってきた。直行便はまだ高かったので、久々にクアラルンプール経由のエアアジアのチケットを買ったのだけど、出発が羽田なので、乗り継ぎだけど行きやすいからプラマイゼロの気持ちでいる。  クアラルンプールの空港に着いても、懐かしいとかはなくて、基本記憶にないんだけど、ところどころ歩いていて、トランジットで寝やすそうな辺りの景色は見たことあるから、やっぱり来たことあるんだ、と確認する。東京からクアラルンプールを経由してバンコクに

にほんご回復中【2804字】|篠田千明

第四回 2804字この夏休みから近所の学童で働き始めた。 自転車で十五分ほどの勤務先に昼の一時に家を出て向かう。八月の日中の日差しは強烈でまともに浴びたら短い時間でも痛みがするから、日焼け止めを腕と首にしっかり塗って出発する。真夏の通勤を何度か繰り返してるうちに、最も効率よく日陰を通って移動できるルートが開発された。 ベスト日陰ルートは、まず家から出て、高架の影を通りながら線路沿いに駅まで行く。その後短い商店街を抜けて、住宅地ではアパートの陰を頼りに走り、大きな公園の中を通っ

にほんご回復中【3577字】|篠田千明

第三回 3577字 この間高校時代の友人と話していて、初めて聞いた言葉があった。  タイにいた時、私は日常会話くらいしかタイ語が出来ず、難しい話になると知っている単語を拾いつつ、多くの聞いたことのない単語は前後の流れや一緒にいる人の雰囲気で理解しようとしていたので、どちらかと言うと聞いたことのある言葉のほうが浮き上がっていて、聞いたことがない言葉、という分類自体あまり意味がなかった。だから日本に日常的にいるようになって、改めてこのくくりが立ち現れてきた。  それで、友人とご飯

にほんご回復中【3853字】|篠田千明

第二回 3853字  私は街にいると知らない人によく話しかけられる。他人から話しかけられるのが嫌ではない、というのがパッと見でバレているんだと思う。十数年前にポーランドのワルシャワ中央駅の地下のコーヒー屋で私に話しかけてきたおじさんにも、それは見抜かれていたに違いない。  今回は、今までも友人には話してきたけど、文章にしていなかったエピソードを書いてみる。  その時私は、ベルリンからワルシャワを通って、リトアニアのビリニュスに行く途中だった。ベルリンからは電車で一晩、午前中

にほんご回復中【2690字】|篠田千明

第一回 2690字 コロナが始まってバンコクから帰ってきて、3年になる。その前は7年間うろうろ生活をしていて、タイ語、英語、日本語が頭の中でごっちゃになっている状態が続いていた。3年の間ずっと日本にいて、日本語の会話の方は大分語彙が戻ってきた気がする。言い回しの意味だけじゃなく、それを使うタイミングもなんとなく出来るように戻ってきた。  でも、書く方はなかなか戻らない。喉が痛くてご飯を少しずつ飲み込むような感じで書いている。自分の作品を説明することは出来るんだけど、ぼんやり考