見出し画像

落ち着け。

金曜の夜、大阪にいる長女からLINEで「トイレットペーパーも消えた」という言葉とともに、いつも通っているらしいスーパーの空になった棚の写真が送られてきた。

「デマが拡散してこの状態らしい」と続く。なるほど。マスクに続いてトイレットペーパーもなくなるよなんて噂でも流れたのかなぁ。都会は大変だなぁ、田舎でよかったと思いながら、「いる? 送ろうか?」なんて会話をした次の日、月に一度の日用品の買い出しに出かけて唖然とした。

トイレットペーパーの棚が空っぽだ。その周辺のティッシュペーパーなどの紙製品も、きれいになくなっている。いったいどんなデマが流れたらこんなことが起きるんだと思いながら、近所のスーパーやドラッグストアを何件かのぞいてみるけど、ひとつもない。

どの店も、「お人家族様1つまで」とか「供給は充分にあります」とか書かれた紙が各所に貼られていて、昨夜店側が対応に苦慮されていたのがわかる。

「これ、いつからですか?」店の人に聞いてみた。
「昨日の夕方からです。でも、必ず入ってきますから」
同じことを聞かれるんだろう。そらんずるように、セリフが出てくる。店の人が言うんだから、間違いないよなと思いつつも、いつも必ずあったものがないと、不安だ。帰宅して在庫を確認すると、あと2週間くらいはある。次に買い物に行った時でいいかとあきらめるけど、それでももし2週間後になかったらなんて、よからぬことを思ってしまう。
その後、知人に出会った。
「トイレットペーパー、大変なことになってるね」そう言うと、
「昨日の夕方、買っときよ言われて買ったんです。なかったら、ありますよ」
「・・・いや、まだ2週間くらいは大丈夫だから」
「だめだったら、言ってくださいね。ありますから」

親切で行ってくれる「ありますから」だけど、なんとも変な気持ちになる。

トイレットペーパーが手に入らなかったことで丈夫だろうかと焦っている自分と、「ありますから」という人の好意に疑問符をもってしまう自分。なにがなにやらわからなくなってくる。迷子みたいだ。

今、自分がするべきことはなんだ?

信頼する知人にメールを送ってみる。この人は、この状況をどう見ているんだろうか。

「トイレットペーパーない」
「次は紙おむつかな」

うちは、紙おむつが必要な赤ちゃんも高齢者もいない。だけど、世界には紙おむつが必要な人いる。本当に必要な人が、必要な品物を受け取れなくなるような世界になってはいけない。「流されるな」そう言われているみたいだった。

必要な人に、必要なものを。

そうだ。我が家のトイレットペーパーの在庫はあと2週間もある。急ぐことじゃない。
「落ち着け、落ち着け」と、自分に声をかける。
マスクも、トイレットペーパーも、紙おむつも。本当に今必要な人が手に入れられるように、自分にできることは、とにかく落ち着くことだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?