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傘を忘れて出会ったもの

数年前の夏の日。
と言っても8月ではなく、9月に入っていた気がする。
最近は9月になっても夏が終わらず、かなり暑いしジメッとした「残暑」と呼ぶに相応しい日のこと。

近所のドラッグストアに歩いて買い物に行った。店内を回っていると雷が鳴った。早く帰った方が良さそうだと会計を済ませたが、店を出るとすごい大雨。

遅かった。しかも傘は持っていない。確かに厚い雲は出ていたが、雲の厚みはあまりないように見えたし、色も黒っぽくはないから傘は用意しなかった。

それが今やかなり黒に近い灰色で、どんよりと分厚い雲が垂れ込めている。
これは「夕立」ではなく、「ゲリラ豪雨」と呼ぶべきかな・・・

私は軒下で雨を眺めながらのんびり考えた。
こんな風に雨宿りするなんて、何十年ぶりだろう。小学生の頃だったかな?
あの頃は「夕立」だったし、ザーッと降って直に止むとわかっていた。雨宿りしながら友達とおしゃべりして、止んでカラッと空気が爽やかになったところで入道雲を見ながら帰っていたな。

たまには、こんな雨宿りもいいな。


ずっと空を眺めていると、「ゲリラ豪雨」は少しずつ雨足が弱くなっているのがわかった。これならもう少し待てば止みそう。

軒下から眺める景色は高い建物がなく、小高い山が重なったその上に空が広がっている。向かって右側の空は、風で雲が流れていくのがはっきり見える。動画を倍速で見ているよう。どんより黒に近い雲が、灰白色になりどんどん雲が切れていき・・・青い空が見え始めた。

ああ、これは「夕立」だ。くっきりと青い空に白い入道雲ができそうだ。 

けれど左側はまだ降っている。雨足は弱くなったがまだ止まない。濡れながら帰るのは嫌だな。それに久しぶりに入道雲を見たいな。

不思議な光景だった。私の目の前で青い空と灰色の空がくっきりと分かれて右側は爽やかな夏、左側はまだ重く沈んだ雲が垂れ込め・・・

あれ、雲の形が、まるで龍のように見える。水を御する龍神が翔るよう。

雲の形や色で目や口、髭のように見える。うねる胴体まで見える。

急いで鞄に手を入れて・・・スマホ忘れた! よりにもよってこんな時に! 

・・・惜しいことをした。などと言う間も惜しくなり、さっきまでとは違い集中して空を見上げる。少しでも目に焼き付けたい。15分、20分くらい? 
時計もないからわからないがじーっと見ていた。形が崩れ始めるまで。


できるだけ急いで帰り、メチャクチャ簡単にだけどスケッチブックに描いてみた。線だけでも覚えているうちに。思い出すときの手掛かりになるように。

そして感謝した。買い物に歩いて出かけ、傘を忘れ、スマホを忘れたことに。でなければ出会えなかった。目に焼き付けようなんて思わなかった。

雲の形がいろんなものに見えることはこれまでにもあったけれど、今回は本当に、さまざまな要素がカチッと噛み合ったから見ることができたもの。

物事が噛み合うと、こんな出会いや奇跡が起こるのだと教えてくれた。

そしてそのこと自体が、私への問いかけでもあったのだと、今になって感じている。


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