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プロローグ

事故

「機械止めて!」
 あっ、と思うひまもなかった。
 とてつもなく強い力で、機械が、わたしの右手を引きずり込んだ。
 それと同時に、指先の感覚がすべて消えてしまった。

 わたし以外、何が起こっているのか誰もわからなかった。
 理解したあとは、気が動転したのか、何もしようとしなかった。
 誰もが呆然としてその場を動かなかった。

「建屋の外のスイッチを切って!」
悲鳴に近い声で叫んだ。
正気に戻ったバイト仲間が、外に向かって駆け出した。

高校一年生の夏休みだった。
わたしは、アルバイト先の製薬工場で、機械の巻き込み事故に遭い、利き手である右の指先を切断したのだった。

やがて現場に駆けつけた大人たちが、うずくまるわたしを抱き抱えてくれた。

 指は、おそらく完全に潰れてしまい、見るも無残な様子だったのだろう。
 わたしが怯えないように、大人たちは、わたしの顔を手拭いで覆い、頭の向きを変えさせた。それでも一瞬、右手の傷口をしばったタオルが、鮮血で赤く染まっていくのが見えた。

 何も感じなかった。
 わたしは、なされるがままに、会社の車で病院へ運ばれて行った。
 手術がおこなわれ、親指と小指はなんとかつながったものの、残る三指は完全に失うことになった。

 十六歳のその日から、右手には二本の指しかない、そんな人生が始まったのだった。




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