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ちばらきコーヒー


今は全国区なのかしら。駅の自動販売機で見かける、あの缶コーヒー。
黄色地に茶色のロゴのパッケージ、ひたすら甘くてミルキーで細身のくせにコーラ並みの糖分があると噂のその缶コーヒーは、昔「ちばらきコーヒー」と呼ばれていた。千葉と茨城にしか売っていないかららしい。

あの時、私は大学生でサークルの同級生に片思いをしていた。つきあえそうだったのに元彼女のところに行ってしまってからは何となく、いや、激しく憎しみを抱いていた。小さなサークルにも関わらず顔を合わせても無視する程度に、私は青かった。

そんなこんなで、1年後。
サークルの送別会の帰り道、私達は常磐線に乗っていた。話すこともなく黙って並んで座っていた。春が間近の寒い夜だった。彼はグレーのコートを着ていた。こんな日に限って私もグレーのコートを着ていたから気まずかった。

コート越しに彼の腕の温もりが伝わり、週刊誌の中吊り広告から目を反らした。意識していると思われるのが癪で、下を向いた。

彼は終点まで乗るはずだったから、降りる駅でじゃあねと言うと一緒に降りてきた。乗り換え駅のベンチは凍てつくようだった。
私達は並んで黙りこくっていた。電車を何本か見送った後、自動販売機で彼が缶コーヒーを買って来た。黄色地に茶色のロゴのパッケージの缶コーヒーを1本。

「千葉と茨城にしか売っていないから、ちばらきコーヒーって言うんだよ」
初めて見ると答えると、彼が「田舎者」とつぶやいた。
口をつけた缶コーヒーを彼は差し出した。私は平静を装い口をつけた。
コーヒーの温かさと練乳の甘さが喉にからみつき、彼の唇の気配がした。

ちばらきコーヒーの話以降、彼と私は一言も話さずベンチで電車を見送り続け、ガタガタ震えていた。
終電が近づいたので、私は立ち上がった。彼の胸ぐらをつかみ「好きだったのに」とつぶやき電車に乗った。彼は泥酔したふりして目をつぶっていた。

それから私達は5年付き合い、卒業後に遠距離恋愛になって別れた。

昨日、久しぶりに「ちばらきコーヒー」と検索したら、そのコーヒーより先に同じ名前のコーヒー店が出てきた。
あの甘ったるいコーヒーを味わうには、私は大人になりすぎた。
彼は今、どうしているのだろう。
ぼんやり思いながら、コーヒー豆を挽いている。


※この記事は以前に書いたnoteを加筆修正し、改めて投稿したものです。

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