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地上と宇宙を飛び交う光が、社会課題を解決する光となる―宇宙での光技術の利活用が叶える未来とは

2024年1月時点の内容です


地球や宇宙をレーザービームが飛び交う――。まるでSF映画のようですが、いま、そんな未来の実現に向けて、世界中で研究・開発が活発になっています。

光(レーザー)はかねてより、さまざまな分野で活用されてきましたが、ここ最近の技術革新と、宇宙での利活用が進みつつあることで、レーザーを用いて衛星や飛行体との通信を行う技術が、気候変動や防災・減災、宇宙ごみ、情報格差といったさまざまな社会課題を解決する手段になると期待を集めているのです。

一方で、日本ではこのレーザーによる衛星との通信に関する技術研究が下火であったこともあり、世界で存在感を示せるかどうかはこれからの10年が勝負となっています。

今回は、測地学の研究者として、人工衛星や地震学、レーザーを使った衛星との測距技術などの研究に取り組んでこられた、東京大学生産技術研究所 海中観測実装工学研究センター准教授の横田 裕輔氏に、衛星レーザー技術の概要や、宇宙での利活用が注目されている背景、今後の課題や可能性などについてお話を伺いました。

地球の姿かたちを知る「測地学」と衛星レーザー測距(SLR)

横田先生の研究内容について教えてください。

私は「測地学」を専門にしています。測地学とは地球を計測する学問で、地球の形状や寸法、地表にある物体の位置、さらには地球の重力場の形状などを測ったり、そこからさまざまな研究に応用したりするものです。

その歴史は古く、日本においては19世紀に伊能忠敬(1745年-1818年)が最初の正確な日本地図を作ったこともその一部です。地球全体について正確に知りたい、世界で統一した地図を作りたいと考えたとき、どこを原点とするかが問題になります。地球が単純な球形であれば簡単なのですが、実際には歪んだ回転楕円体なので、きちんと計測して決めなければならないのです。測地学は、地球の形を計測することで、正確な地図を作ること、地図の正確性を保つことが目的の一つになっています。

現代では多くの分野に派生し、火山や南極・北極の雪氷、海水面上昇、地震防災なども測地学が扱うテーマです。

また、1980年代の中盤に冷戦構造が崩れていく中で、各国が人工衛星を利用するポジショニング技術開発に一斉に流れ込み、現代では測地学と言えば衛星を使う「衛星測地学」が基本となりました。衛星測地学の中でもGNSS、重力観測などいろいろな観測対象があります。また、さまざまな分野があり、例えば衛星の開発、衛星が飛ぶ軌道の研究、衛星で取得したデータの利活用の研究などがあります。

こうした中で、私はGNSS(※1)を使った測地学の研究をしており、GNSSと地震学との融合などをテーマにしていました。その後、海上保安庁に入り、海底測地学(海底の測量、海底の地殻変動などを研究する学問)の研究にも携わっています。そこで「衛星レーザー測距(SLR)」にも出会いました。

(※1)Global Navigation Satellite System(衛星測位システムの総称)。衛星を使用し、自分の位置を調べることができるシステム。カーナビやスマホなどでもおなじみ。GNSSには、米国の「GPS」をはじめ、ロシアの「GLONASS」、日本の「みちびき」などがあり、現在ではそれらを組み合わせて、より高頻度かつ高精度の測位を行うマルチGNSSが開発されている。

衛星レーザー測距(SLR)とはどんなものなのでしょうか。

地上の観測機器から、軌道を回る衛星に向けてレーザーを出し、反射して返ってくるまでの時間から、距離を精密に測定できる技術です。

こうした測距では、GNSSやVLBI(超長基線電波干渉法)(※2)を使うこともありますが、これらが電波を使うのに対して、SLRはレーザーを使うことで、大気による遅延などをほとんど受けることなく、mmの精度で距離を測れます。

そのデータは、衛星の軌道を精密に計算、決定することや、GNSS観測の高度化、人工衛星ミッションの援助、地球重力場の観測などに使われています。

特に測地学においては、SLRによる観測から、地球の平均重心位置、つまり原点を定めることが行われています。また、地球の重心は、約1年周期で、mmスケールで変動していますが、その動きもSLRのデータから検出することができます。

SLRとは((C)宇宙航空研究開発機構(JAXA))

(※2)宇宙の遠くの天体から届く電波を利用して、地球上のアンテナの位置を高精度に測る技術。

宇宙開発で注目される光(レーザー)技術

SLRをはじめとする光技術は、近年宇宙開発において大きく注目されています。光技術には電波と比較してどのような利点があるのでしょうか。

しばしば、測地や測位、無線通信では電波が使われています。電波の利点は、発信や受信が比較的簡単なこと、光と比較して簡易な機器を使用できるため機械的な制約も小さく、構造物などの遮蔽影響も小さいため、システムを成立させやすいことにあります。また、気象に対する依存性が低いことも大きな利点で、天気が悪くてもあまり影響を受けることなく使うことができます。

一方、電波にそのような利点があっても光を使う最大のポイントは、光でしかできないことがあるという点です。電波で地上と宇宙空間(例えば衛星)で送受信を行う場合、送信側と受信側にそれぞれ専用の装置が必要となります。しかし測距の場合、光はミラー(鏡)や表面に光が反射して返ってくるので、基本的に衛星側に特別な装置が不要で、光を出す地上局側の装置だけで測距を行うことができます。この利点は、衛星やスペース・デブリ(宇宙ごみ) (※3)を相手とした宇宙分野だけでなく、光通信で利用が検討されているHAPS(※4)などの航空分野でも単純な通信機器のみで利用できるという意味で大きく役立ちます。

(※3)地球を周回する、使い終わった人工衛星やロケット、打ち上げ時に発生した破片などのことで、大きさは数mmから大型バスぐらいまでさまざま。運用中の衛星にぶつかって被害をもたらしたり、デブリ同士が衝突を繰り返して増殖し、宇宙開発の妨げになったりといった危険性が懸念されている。

(※4)High Altitude Platform Station(成層圏プラットフォーム)。成層圏を飛行させる航空機などの無人機体を通信基地局のように運用し、広範囲の通信を可能にするシステム。

一方、光の弱点や課題にはどのようなものがありますか。

電波とは逆に運用が気象条件に大きく左右される点があります。光は水分、つまり雲があると減衰してしまうので、基本的には青空の下でなければ使えません。そのため、SLRの地上局を置くときにはその地域の晴天率を調べるところから始めます。

また、電波は広い範囲に向けて放射できますが、光はある一点に向けて照射する必要があります。そのため、相手に向かって正確に向きを制御する必要があり、工学的な課題が多く残っています。

さらに、光(レーザー)が人の目に入ったり、飛行中の飛行機のコックピットに当たったりすると危険なので、それを防ぐ対策も必要です。また、夜空にレーザーが飛び交っているのはあまり見栄えがいいものではありませんから、光害、景観保護への配慮、対策も必要な可能性があります。

電波にも光にもそれぞれの特徴があるのですね。そのような中で、光技術の宇宙利用が進みつつある背景にはどのような理由があるのでしょうか。

光(レーザー)を使った宇宙での測距や測位の研究や利用は、1960年代に始まり、20世紀中には基礎的な技術が成立していました。ですが、電波に比べると技術の開発があまり進みませんでした。例えばレーザーのパワーが足りない、照射頻度が低い、前述した向きの制御の問題など、多くの課題があり、いまなおすべては解決していません。

そのため、特に日本においては2000年代に一度研究・開発が下火となり、大手の重工業メーカーも手を引くなどし、分野として拡大傾向だったとは言えません。また、すでに電波を使う技術が大きく進展していたという背景もあります。

ですがその背後では、レーザー技術が大きく発展していました。近年のノーベル賞にレーザー関連の研究での受賞が複数あることにも、それが表れています。そして、レーザーに関する産業の裾野が広がり、安価になってきました。その結果、宇宙分野での応用も広がってきたのです。

今後、宇宙分野ではどのようなところで光技術の利用が期待されますか。

まずは測距の分野での活用が進んでほしいと思っています。

従来のレーザー測距は、測距するための専用の衛星を飛ばすところから始まりました。ですが近年は、さまざまな衛星にミラーが装備されることが標準となり、どんな衛星が相手でもSLRができるようになりました。例えば、地球観測衛星が南極の氷床や海面の高度の計測などをより精密に行うためには、高い精度で軌道を決めるシステムが必要です。近年ではそこにSLRが活用されています。

また、SLRにより衛星の姿勢制御がうまくできているかどうかも分かるようになっています。衛星の姿勢が乱れていたり、不規則に回転していたりすると、ミラーが正しい位置にないので反射光に特徴が生じ、そこから姿勢に問題があるということが分かるのです。

もう一つの大きなテーマが、デブリの捕捉です。従来は宇宙を高速で飛翔するスペース・デブリなどを捕捉することはできなかったのですが、SLRを応用することで実現できることが分かり、各国の宇宙機関で研究・開発が進められています。SSA(宇宙状況把握)分野の強力な技術として今後進展が期待されています。

一方、重要な課題としては、地上局が北半球に集中していることがあります。南半球は北半球に比べ陸地が少なく、経済的に豊かではない国も多いというのが理由です。より精密な測距、測位のために、私たちは南半球に地上局を増やす必要があると考えており、SLRの安価化を目指しています。

宇宙分野における応用は、まだまだ黎明期にあります。本当に使い物になるのかも含め、これから10年の開発が勝負になってくるでしょう。

宇宙以外の分野では、光技術はどのような活用が期待されますか。

光衛星間通信システム「LUCAS」((C)JAXA)

通信の分野でも光はホットな話題です。電波と比べ、消費電力やハードウェアのサイズなどは据え置きながら、帯域幅を10~100倍にまで増やせる可能性があります。衛星通信は私たちの生活にはなくてはならないものですから、実現すればその恩恵は計り知れません。衛星だけでなく、ドローンとの通信の需要もあります。5Gの次の世代の移動通信システムとして策定が進められているBeyond 5Gの実現にも、光通信は重要な位置を占めています。

光通信についても基礎技術的にはすでに成立することは見えてきていますが、さまざまな分野に向けて応用を進めようとすると、また別の適用やサポートの技術が必要となり、その研究、開発、そして社会実装が課題となっています。

一番難しいのは実験です。例えば衛星通信の実験をしようとすると、衛星を造って打ち上げなければならず、それだけで多額の資金が必要です。さらに、インフラとして整備するためには多額の初期投資も必要です。地上局を建てるのにかかるコストもまだまだ高い状況です。ただ、多くの企業さんが興味を持たれていて、実用化に向けて研究・開発が進められているところです。

基礎技術をいかに社会に適用するかが課題

宇宙における光技術に関して、今後日本の研究や産業はどのような貢献ができると思われますか。

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