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中立的な交通事故解決に向けて 迅速・正確な撮影で効率的に現場を図化

2023年9月時点の内容です


東京都内の交通事故の現場へ日々出動している、警視庁交通部交通捜査課。なかでも交通鑑識第三係は、事故現場の見取図を作成する部隊です。見取図は、主に死亡事故や危険運転事案などの重大事件を立件するにあたり必要となるものです。

現場の見取図を作成する際には、事故現場の騒然とした中での冷静でかつ素早い計測が求められます。交通事故は公共の場である道路上で起きているため、1秒でも早く交通規制を解除し、正常な状態に戻さなければならないからです。

そんな事故現場の見取図を作成するのに活用されているのが、モービル(モバイル)マッピングシステム(以下、MMS)です。MMSとは車両搭載型の三次元計測装置で、全天球カメラや三次元レーザー計測器など複数の計測機器を組み合わせ、道路面や道路周辺の三次元座標データと連続映像を取得します。

今回は、東陽テクニカ取り扱いのMMS(株式会社岩根研究所製「オルソV」)を採用している、警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係の係長である廣瀨浩毅氏に、警視庁交通部交通捜査課の業務内容、また「オルソV」の採用に至った経緯などをお聞きしました。


警視庁提供

【インタビュアー】
川内正彦
(株式会社東陽テクニカ 執行役員 情報通信システムソリューション部統括部長)

事故の状況を頭の中で具体化、中立的な立場から事案の解明を

警視庁交通部交通捜査課の役割について教えていただけますか。

交通捜査課は、警視庁交通部の一組織であり、主に交通事故を担当しています。都内で発生する交通人身事故やひき逃げ事件、危険運転事案、当たり屋と言われる車を使った保険金詐欺事件、さらに道路を占拠してライブを行うといった道路不正使用など、道路交通に起因する事故事件の捜査を担当しています。また白タクや白バスといったような、白ナンバーで営業行為をしている事案や不正車検なども担当しています。

事故が起こると管轄警察署の交通課員が臨場して捜査に当たりますが、特に事故当事者が亡くなったり、大きな怪我をしたり、捜査の難しい交通事故事件が発生した場合には、管轄警察署と協力して捜査に当たります。交通捜査課は、島しょ部も含めて都内全域を担当しています。

交通鑑識第三係の業務について教えてください。

交通捜査課には交通事故現場の鑑識活動を行う交通鑑識係があり、その中に我々が所属している「交通鑑識第三係」があります。

第一係は都内23区、第二係は多摩地区において、現場の写真撮影や、現場の痕跡(例えばガラスのかけらなど)を探す業務を行います。

そして第三係は都内全域において、捜査に必要な現場図面の作成を行います。交通死亡事故や危険運転致死傷事件などが発生した場合には、立件するにあたり、道路形状や横断歩道、停止線の位置、信号機の設置状況などを正確に表した現場見取図を作成する必要があります。係員の専門技術や経験と合わせて、保有しているさまざまな機材を活用し、製図作業を行っています。第三係には私を含めて5名のメンバーが所属しています。

警視庁交通部交通捜査課交通鑑識第三係の皆さん(中央が廣瀨浩毅氏)

なお、警視庁における職種は警察官以外にも警察行政職である警察署の一般事務や自動車整備士、通訳などさまざまありますが、その中に我々のような「交通技術職」という職種があります。主に交通渋滞対策や事故防止など交通規制業務を執り行う仕事で、警視庁独自の方法で採用します。私自身は、学生時代に土木工学科で交通工学を専攻しており、道路交通規制業務に携わりたいとの思いから、警視庁を目指しました。

交通鑑識第三係の業務の意義や、やりがいを教えてください。

交通事故事件の場合、普通の生活を送っている人が不注意(過失)によって交通事故を起こしてしまったり、巻き込まれてしまったり、という不幸な事案が多くあります。

その過失を認定するため、現場に残されたわずかな痕跡、付近の防犯カメラやドライブレコーダーなどの客観的証拠、事故当事者や目撃者などの供述を全て勘案し、その場所で起こった事故の状況を頭の中で具体化し、中立的な立場から事案の解明を図ります。

道路形状や横断歩道、停止線、信号機の位置関係も過失の認定に重要な要素となるので、それらを詳細に計測し、どの位置から相手の車を認識できるかなど、見通しの状況を図上に表現しなければなりません。交通裁判を行うときに事故現場の見通しは重要で、例えば右折の事故のときに直進がどこまで見えるのかというのは、図面でなければわかりません。裁判で公判を維持するためには、正確な図面が必要です。正確な図面があることで、被害者も被疑者もどれくらいの過失なのかが証明されますし、事故の関係者が真実を正しく理解して、平等に解決する糸口になります。

また、交通鑑識が臨場するような社会的に耳目を集める事案では、多数の報道陣と野次馬などでごった返し、騒然とした中での作業となります。加えて、雨が降っている状況、夜中で灯りが全くない場所など、環境が必ずしも良いとは言えません。どのような場合であっても冷静さを保ち細かな痕跡を精査しながらも、1秒でも早く交通規制を解除するという相反する要求に応えなければなりません。そこが、交通鑑識活動の難しさであると同時に大きなやりがいでもあります。

交通の流れを止めずに撮影できるMMS導入のメリット

現場ではどのようなことをされているのですか。

現場では先着した交通鑑識係員が路面に印象されたスリップ痕などの痕跡位置の確認、車両損傷状況などから事故の大まかな事故態様を特定します。我々は、警察署屋上などの安全で上空視界が開けている場所に独自基準局(※1)を設置し、それから現場に向かいます。この独自基準局はGPS(米国)、GLONASS(ロシア)、BeiDou(中国)を含む複数の衛星測位システムも捕捉します。これにより現場での観測衛星数が増え、精度向上に役立ちます。

(※1)公共の基準局(電子基準点など)は日本全国(島しょ部含む)に存在するが、精度のさらなる向上を目的として独自で基準局を設置し、利用する方法がある。GNSS(衛星測位システムの総称)計測は基準局と移動局が近くにある方が計算上有利となり、精度向上が望める。

警察署屋上に設置した独自基準局(警視庁提供)

その後、現場では車載のGNSS測定値から衛星状況を確認した後、「オルソV」を搭載した車で走行しながら現場を撮影することで、道路面や道路周辺の三次元座標データと連続映像を取得します。撮影終了後、各データを基に専用ソフトにて車両軌跡解析、画像解析処理を行い、製図します。現場でかかる時間は早くて1時間、長くても3時間程度です。

車両に搭載された「オルソV」(警視庁提供)

なお、現場での作業のおよそ8割はこの流れとなりますが、トンネルの中や高速道路の下などGPSで位置情報が取得できないような所に関しては、トータルステーション測量機を用いて現地で基準点測量(相対座標の取得)を行い、その後、「オルソV」にて撮影します(※2)。

(※2)「オルソV」は相対座標でも利用可能。

トータルステーション測量機で基準点測量を行う様子(警視庁提供)

MMSを利用するシーンについて具体的に教えてください。

都内では年間約3万件の交通人身事故が起きていますが、そのすべてのケースでMMSを使用するわけではありません。主に死亡事故や重傷事故など、被害程度が大きい事案やひき逃げ事件、暴走事故、危険運転事案などのMMSを使用しなければ状況を解明できない場合に活用しています。

続きは「東陽テクニカルマガジン」WEBサイトでお楽しみください。