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自動運転の実現に欠かせない“V2X”通信技術の動向とこれからの展望とは

2023年6月時点の内容です


自動車の安全性や利便性の向上、環境問題など社会課題の解決にも有効とされている次世代ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)。そしてその次世代ITSの実現に欠かせないのが車と車、車とインフラなど、車とさまざまなモノとを連携させる「V2X(Vehicle to everything)」通信技術です。

V2Xは、自動運転の実現のみならず、交通渋滞の解消や環境負荷の低減など多様な分野での活用が期待されており、世界中でその実用化に向けての検討や取り組みが活発に進められています。そして、日本国内でV2Xの検討を推進しているのが総務省です。

総務省では、本年2月に『自動運転時代の“次世代のITS通信”研究会』(以下、次世代のITS通信研究会)を立ち上げ、そこではV2Xに関するユースケースや周波数割り当て方針の考え方など、さまざまな検討が行われています。今回は総務省 総合通信基盤局 電波部 移動通信課 次世代移動通信システム推進室の室長である増子喬紀氏と、課長補佐である髙橋信一郎氏に、V2Xの動向や展望についてお話を伺いました。

【インタビュアー】
徳道 宏昭
(株式会社東陽テクニカ 情報通信システムソリューション部 部長)

ウインカーやライトを使ったドライバー同士のコミュニケーションからV2X通信へ

まず、「V2X」とはどういったものなのか教えていただけますか。

増子氏: V2X(※1)とは、車と車、車とインフラ、あるいは車と人などを通信でつなぎ情報をやり取りして相互連携する技術のことです。

V2Xは自動運転車、さらに自動運転ではない車の安全性を高めていくためにも重要な技術であり、現状ではまだ必須とまでは言えませんが、いずれ車社会に欠かせないものになるはずです。総務省では、今その周波数の追加割り当てに向けて、規格やルール作りなどに取り組んでいます。

(※1) Vehicle to everything(X)の略で、車と車や歩行者、インフラ、ネットワークなどを接続し相互連携を行うコネクテッド技術の一つ。車との組み合わせとしては、現在以下のような4種類がある。
・ V2V(Vehicle to Vehicle):車と車による車車間通信
・ V2I(Vehicle to Infrastructure):車と道路に設置された信号機などインフラ設備による路車間通信
・ V2P(Vehicle to Pedestrian):車と端末を携帯した歩行者による通信
・ V2N(Vehicle to Network):携帯電話網を介した車とネットワークとの間の通信

V2Xの前にも無線を使った車載通信技術にはさまざまなものがあったと思うのですが、通信によって何ができるのでしょう。またV2Xにいたるまでの過程で、検討されてきた通信技術にはどういったものがあったのでしょうか。

増子氏: まず車同士の通信ですが、皆さん以前からアナログな通信はやっています。例えばウインカー。点滅させることで「右に曲がります」など他車や歩行者に意思を伝えていますし、パッシングで「先に行ってください」とアピールするのもそうです。

ただそういったアナログのコミュニケーションでは、受け取り方によっては誤解されることもあります。その点、電波を使ったV2X通信であれば、伝えたい情報が“止まってください”なのか“先に行かせてほしい”なのかが明確になるわけです。

無線を使用した車での通信はV2X以前から行われています。例えば、カーナビに搭載されているVICS(道路交通情報通信システム)もその一つで、こちらは1990年代頃から使われています。また、衝突被害軽減ブレーキなどの予防安全装備で使われているレーダーも電波を使ったシステムで、これは情報を他車とやり取りするものではないですが、周りを認識するために電波を使っているという点では近いものがあると言えるでしょう。

図1:通信ニーズの高まり(総務省提供)

2000年頃から使われているETC・ETC2.0もそうです。ETC・ETC2.0は道路と車の双方向通信によって料金収受やドライバー向けの情報提供を行い、道路交通環境の安全性や利便性を高めるものであり、現在検討中の次世代のV2Xにつながるものがあります。

現在検討されているV2Xは、あらゆる場所で車と車、車と道路などを無線通信によってネットワーク化することで、自動運転にもつながる新しい車社会を実現する技術です。V2Xにおける最も重要なテーマは安全性の向上や自動運転の実現ですが、それだけでなくV2Xによって車といろいろなものをつなげて車内をエンターテインメント空間にするというような、夢のある世界の実現にもつながることが期待されます。

携帯電話のネットワークを利用するシステムが増えている中、車専用のV2Xシステムを検討する理由とは

増子氏: 10年、20年前は、無線に関する新しいサービスを始めるために、総務省に対して電波の周波数を割り当ててほしいという要望も少なくありませんでした。しかし、最近は新しい無線システムのためにアンテナやチップセットを新規開発するとコストがどれほどかかるかわかりませんし、全国津々浦々に広がる携帯電話のネットワークを使ったほうが合理的でアプリケーションの開発スピードも速く済みコストもかかりませんので、新しいサービスの作り方が変わってきていると感じています。その中で、V2Xのような新しく大規模な無線システムを作っていくには大きな課題があるため、なかなか簡単にはいかないでしょう。例えば周波数はどうするのか、通信方式は何を使うのかなどを決めなくてはなりません。

他方、携帯電話ネットワークは通信障害のリスクなども考えなくてはいけません。そのようなリスクもあるものに自動運転の全てを任せてしまってよいのか、というとそうではないですよね。

基本的な安全にかかわる機能に関しては車載センサーでぶつからない仕組みをまず構築し、それをベースとして遅延の少ない車車間の直接通信を行うV2Vや、路車間通信のV2Iを使う。さらに広域で活用する情報は携帯電話のネットワークを使ったV2Nを利用することで自動運転はより一層円滑で安全、かつ快適に実現できるのではないかと考えて、そこが、我々が今目指しているところでもあります。

図2:V2X(V2I、V2V)通信、V2N通信の役割分担・連携イメージ
(総務省「自動運転時代の“次世代のITS通信”研究会」(第3回)論点整理(案)より引用)

電波の特性として離れれば離れるほど弱くなって届きにくくなりますが、逆に近ければ近いほど電波は届きやすく通信が成立しやすいわけです。そういう点からも、車同士の衝突を避けるための通信技術にはV2Vの車車間直接通信が適していますが、全ての車がV2Xの無線機を載せないとなかなかそのような効用が現れない。

たまにしか他車と通信できないというレベルの普及率では、信頼もされません。V2Xに対応した無線機を積む車が全体の7~8割くらいまで普及すれば、きっと役立つものとなるはずです。

V2Xを考える上では安全性の確保についても、これまでの通信の常識とは異なる難しい課題があります。例えばパソコンならウイルスなどの攻撃があっても、まずネットワークから切り離すことが重要ですが、自動運転車は走行中にV2N通信を切ってよいのか、から検討する必要があります。物理的な安全を最優先に考える必要があります。

緊急事態が発生したらとりあえず自動で道路の左に寄せて止めればよいのかというと、必ずしもそうとも限らないかもしれません。もし攻撃者の目的がそれ(道路の左に停止させ交通の流れを寸断するなど)であれば、攻撃者の思うつぼとなります。V2Xでは今までのコンピューター系の通信セキュリティーとは違った新たな議論も必要になってくるでしょう。

そういったことも含め何をどう対応すべきかを次世代のITS通信研究会で検討し、V2Xや自動運転の仕組みを早く作るというのが我々の大きな課題だと思っています。

V2Xシステムの仕組み作りに向けて次世代のITS通信研究会で議論していること

V2Xに関して海外の動向はいかがでしょうか。日本は少し遅れているという印象もありますがどうなのでしょうか。

増子氏: 中国は早くから取り組んでいますし、欧州でも検討は進んでいます。ただ現状どこも決定打は出ていないという印象です。日本が特別遅いということはないと思います。

そもそも日本にはすでに760MHz帯の電波を使ったV2Xシステム(ITS Connect)が導入されています。普及率は高いとは言えませんが、世界的に見ても早くからV2Xの導入を進めてきたと言ってよいと思います。

760MHzのV2Xシステム(ITS Connect)の普及率があまり高くない理由はなんでしょうか。

増子氏: メリットの訴求ができていなかったのかもしれません。760MHz帯のV2X通信に対応することで、安全機能に限らず何かしら利用者側がメリットを感じられるような仕組みがもっと必要なのかもしれません。

次世代のITS通信研究会では5.9GHz帯をV2Xに追加で割り当てる議論を進めていますが、V2Xを普及させるためにはユースケースをどう定義するべきかという議論も合わせて続けています。自動運転のことを考えればV2Xの義務化が理想的なのかもしれませんが、そういった話は国土交通省の管轄になるのではとは思います。例えば、JNCAP(※2)などでV2X通信に対応した車を評価していただく、という可能性も追求していくべきだと考えています。

(※2) 日本で実施されている自動車アセスメント。国土交通省が市販されている車の衝突時の乗員保護性能やブレーキ性能などを試験し、評価結果を公表している制度。

例えば保険料が安くなるなど、我々がわかりやすいコストメリットも出てこないとユーザーも搭載したいとはなかなか思わないかもしれませんね。

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