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「電動車両シミュレーション基盤」の開発に向けたJARIの取り組みとは

2023年6月時点の内容です


政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げています。そしてこれを達成するために経済産業省は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に総額2兆円の基金を造成し「グリーンイノベーション基金事業」を立ち上げました。この事業のプロジェクトの一つに「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」があります。

このプロジェクトのテーマの一つが「電動車両シミュレーション基盤」で、その研究開発を担当しているのが中立的な研究機関である一般財団法人 日本自動車研究所(JARI:Japan Automobile Research Institute)です。JARIはAD/ADAS(※1)のHiLS(※2)試験向けに東陽テクニカ製「ドライビング&モーションテストシステム(DMTS)」を採用しました。そこで「電動車両シミュレーション基盤」の研究に関して、そのミッションや目標などについて、JARIの髙山晋一氏にお話をお聞きしました。

【インタビュアー】
久保 夕貴
(株式会社東陽テクニカ 機械計測部 次長)

(※1)ADは自動運転(Autonomous Driving)の略で、自動運転技術を指す。ADASはAdvanced Driver Assistance Systems(先進運転支援システム)の略で、運転支援技術を指す。
(※2)HiLSは、Hardware-in-the-Loop Simulation(ハードウェア・イン・ザ・ループ・シミュレーション)の略で、車両や機械の制御システムをテストするためのシミュレーション技術のこと。車両の制御システムを実際のハードウェアと接続して、シミュレーション環境下で動作させテストする。

公平中立な研究機関であるJARIが取り組む自動車技術の未来像とは?

JARIはどのような機関なのか、研究内容やミッションについて教えていただけますか?

JARIは、自動車に関する技術の協調領域における調査・研究・技術開発および試験・評価を行う研究機関です。

1961年設立の財団法人自動車高速試験場がその前身で、1969年に中立的、公益的な活動を行う自動車の総合的な研究機関として改組しました。2003年には、財団法人日本電動車両協会および財団法人自動車走行電子技術協会と統合し、2012年に一般財団法人へ移行しました。

JARIは中立・公益な研究機関として活動している組織です。主に国や自動車メーカーや自動車部品サプライヤーなどからお話があり、さまざまな調査や研究を行っていますが、第三者評価機関のような側面もあります。

自動車メーカーやサプライヤーなどからは、検討事項があるときに中立的な立場で見解を出してほしいという依頼をいただくこともあります。

髙山様の所属する自動走行研究部 自動走行MBDグループの研究内容や役割について教えてください。

自動走行研究部は、文字通り自動走行や自動運転の研究を行う部署です。自動運転に必要な研究を、実車を使って実験、検証なども行っています。

ただ、最近は“モデル”(※3)を使ったクルマの研究開発をするというのが一つの大きな流れになっています。自動走行MBDのMBDとは、日本語で言うとモデルベース開発で、モデルを使って、どのようにクルマの開発を効率化するかということに主眼を置いた研究を行っています。

(※3)モデルとは、現実世界で試作部品を作るのではなくコンピューター上でパーツや実車などを再現するために機能や性能、特性などを数学的に表現したもの。モデルを作ることでコンピューター上でのシミュレーションが実行でき、車両の挙動や性能を予測することが可能となる。結果、部品試作やテストにかかる時間やコストを大幅に削減することができる。

髙山様はそこで具体的にどういうことを担当されているのですか。

現在、NEDOに創設されたグリーンイノベーション基金プロジェクトの「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」のテーマの一つ「電動車両シミュレーション基盤」の研究開発のとりまとめを担当しています。

グリーンイノベーション基金やJARIの研究開発は自動車業界にどのような影響を与えるのか

グリーンイノベーション基金プロジェクトの概要について教えてください。

CO2削減をはじめとして環境負荷の低減や持続可能な社会の実現のために、NEDOが民間企業や大学などの研究機関の野心的な取り組みに対して研究開発・実証から社会実装までの継続的な支援を行うのがグリーンイノベーション基金事業です。

再生可能エネルギーや省エネルギー、蓄電池、燃料電池や水素エネルギー技術など、環境に配慮した分野の革新的な技術やサービスの開発を支援しているのですが、その中の一つに自動運転があり、その研究開発において私たちJARIが「電動車両シミュレーション基盤」に対応しているという形になります。

CO2削減はクルマだけの問題ではなくエネルギーマネジメント全体を含めて考えていかなくてはなりません。

そこで日本としてはこれからどう対応していくべきなのか、必要な研究開発のために支援していこうと設立されたのがグリーンイノベーション基金事業ということと理解をしております。

JARIが行っている「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」プロジェクトでは、どのような研究開発がなされていますか。ミッションや目標を教えてください。

我々に求められていることは、中立的な研究機関であるJARIとして車両のモデルを作る、作り方を構築することです。

従来の自動車開発では、試作機を作ってテストし、それを評価して改良を重ねていくという手法が用いられてきましたが、JARIはその手法を、モデルを使うことで効率化することを目指し、研究開発を行っています。

車両のモデル(ベンチマーク車両、共有モデル)の作り方を確立し、車両モデルを作成して、自動車メーカーやサプライヤーに提供する。そして、彼らが車両や部品の開発を進める際にそのモデルを使用するという位置づけです。このような取り組みが、現在の我々のミッションです。

開発中の車両モデルについてですが、クルマ単位ではなく、部品単位でモデルを構成しています。タイヤやサスペンション、ステアリング、ブレーキ、そして自動運転に必要なセンサーなど、各部品をモデル化することによって、部品のサプライヤーは自社が開発した部品をモデルと入れ替えることでシミュレーション上でのテストを行うことが可能になります。

シミュレーション上でさまざまなテストを行い、性能の優劣を判断することができるため、開発にかかるコストや時間を大幅に削減することができ何度も試作を繰り返す必要もありません。これは自動車メーカーやサプライヤーにとっても大きなメリットがあるものでしょう。

「電動車両シミュレーション基盤」の研究開発の具体的な内容、目標を教えてください。

具体的な目標は前述のとおり部品単位でクルマのモデルの作り方を確立するということです。ただそれができれば終わりということではなく、精度検証も繰り返し行います。

今、目標としているのは実車とシミュレーションの精度を90%以上に保つということです。それだけの精度を持ったモデル部品で構成されたクルマのモデルを作るというのが目標です。

モデルにそれくらいの精度がなければ自動運転車など今後のクルマの開発には役に立たないでしょう。モデルの精度は高ければ高いほど良い。シミュレーションの精度もより高くなる。

そして部品を変えたことでそのクルマの性能は上がるのかそれとも悪くなるのかが正確にシミュレーションでわかるわけです。

そのプロジェクトですが、具体的にどのような段階でしょう。今後の予定や見通しなどを、教えていただけますか。

プロジェクトはまだ2年目で走り出したばかりです。市販車のモデルを作る上で、まず計測が必要ですので計測器の調達を進めている段階です。そして計測とモデルの作成を同時並行で進めています。

2028年までにはクルマのモデルを4台作る予定ですが、現在は1台目に取り掛かっており2024年を目途に自動車メーカーやサプライヤーに提供するというスケジュールになっています。

この1台目のモデルが完成すれば2台目3台目のモデル開発にはその経験が生かせるので開発スパンも短くなっていくはずです。

このプロジェクトで期待されていること貢献していきたいことは何でしょうか。

続きは「東陽テクニカルマガジン」WEBサイトでお楽しみください。