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引き出物とアタシ

28歳のゴールデンウィークを、私はほとんど予定もなく過ごしている。
小説を2冊読んだ。
『むらさきのスカートの女』(今村夏子)
『愛がなんだ』(角田光代)
ひとりの時間は割と好きな方で、この連休に入ってからこれまでの仕事の忙しなさから逃げるように布団にこもってひたすら読み耽った。
今は、3冊目に突入している。
『少女は卒業しない』(朝井リョウ)
連続して読んでいると、小説の世界に生きようとする自分が出てくる。
「まぶしいと思うと同時に目を開けた。夢か現実か、境目がぼやける。今が何時でもない気がした。」
という具合に、起床からの一挙手一投足を作家風の描写で表現し始める。もちろん心の中で静かに呟くだけだ。
我ながらイタイなあと思うが、心の中で完結しているので誰にも迷惑はかけていない。

5/4の昼。
さすがにこのままでは、女が廃ると起き上がり、行動を開始。
かといって特に予定があるわけではない。

私は、八王子の竜泉寺の湯に行くことにした。

もちろん、なんの理由もなく、わざわざ電車で1時間弱かけてスーパー銭湯に行くわけじゃない。

私がこの日スーパー銭湯に行く本当の理由は2つある。

ひとつ目。予定がないなら、実家に来いと母親に言われたから。無理矢理にでも予定を作らなければいけなかった。なんでも、この日、弟が結婚の挨拶で彼女を連れてくるとのこと。
弟の幸せを素直にお祝いできない自分の心の狭さを紛らわしたいのだ。

ふたつ目。ここに行けば、彼に会えるかも、と淡い期待を持っているから。
絶対に会えるわけないのだけれど。
それでも、ほんの少し、ここに行くときは、いつももしかしたら、と思っているのが事実。

どちらの理由に関しても、丁寧に説明させていただきたい。
まずは、ひとつ目の理由から。

実は、弟の婚約者というのは、私の高校時代のとても親しい友人である。
2年前、私とその友人穂乃果は、運命の出会いを求めて、合コンに明け暮れた。
「どうしてこんないい女ほっとくかね〜?」
「私たちは、絶対結婚できる。こんな結婚に向いてる女が家庭を持てないわけない。」
26歳の私たちはまだまだ強気で、合コン後に、お相手から連絡が来ても、タイプではないとピシャリと連絡を断った。
最初に恋愛感情を持てないと思った相手には、いつになってもその感情を持つことはないから、相手に変に期待させる方が失礼。思わせぶりなことはしない!
という考えが正当であると本気で思っていた。
そして、その考えは、傲慢という言葉で表現できることに気づくのはもっと先の話である。

こんなことなら、と私は穂乃果に
「だったら、うちの弟に会ってみる?」
となんの気なしに、言った言葉をきっかけに、すぐに最初の会合が開催された。
運命の人って本当にいるんもんだね、と側から見ても思えるくらいあれよあれよと交際はスタートし、気づいた時には婚約までしていた。

私からすると、高校時代から仲の良い友人と、弟がうまくいくことは、とても嬉しいと思いたかった。それはそれは喜ばしいこと。ましてや、それを取り持ったのは私なのだ。誰がどう見ても素晴らしいことではないか。
わかっている。
わかっているのに。
このモヤモヤとした感情はどこから来るものか。
言葉に言い表しようのない焦燥感。嫉妬。劣等感。羨望。

同じ土俵にいた友人。なんでも明け透けな話ができた友人。それが、1年後は弟の配偶者になる、なんて、簡単に受け入れられることなのだろうか。

2歳歳下の弟と、大の仲良しな友人、その2人同時に結婚を先に越されることの悔しさ、だろうか。
私にもし、理想の彼氏がいたら、こんな感情は持つことなかったのだろうか。

兄弟の幸せと、友人の幸せと、2つの幸せが同時に舞い込んできたというのに、それを心から祝福できない自分。その心の余裕のなさに嫌気がさす。
結婚。それはずっと喉から手が出るほど欲しいと願ってきたもの。でも、誰でもいいわけではない。相手ありきであり、また、私にも選択する権利はある。

結婚は、早い遅いで優劣が決まるわけでも、人生が決まるわけでもないことは、充分にわかっている。

ただ。

弟と友人の幸せを、彼氏もいないアラサーの私が、素直にお祝いできないのは、自然な感情なのではないか、と思うのである。
それとも、心底私が嫌な奴なのか。

この、どこにも当て嵌めようのない気持ちに、苦しむ私は、まだわかわいい方なのではないだろうか。

お父さんに
「春子は、穂乃果を避けているな?」
と言われ、心の底からドキリとした。
「意地悪なこと言わないでよ!!!」
と言いながら、
そうです。私は、穂乃果を避けている。
その理由は、自分の器の小ささからです。
心の中で冷静に返答する。

お父さんに見透かされているのが悔しくて。
この歳になって、人の幸せを祝福できない自分が情けなくて。
誰も傷つけたくない。
これ以上、自分の不甲斐なさと向き合う勇気もない。
だから、どうしようもなく、私は、竜泉寺の湯に逃げるのだ。

2つ目の理由。
それは、アプリで会った、あの彼にもう1回、会いたいから。
「俺、竜泉寺の湯、月に1回は絶対行ってる。」
という彼の言葉を2ヶ月経った今も私はしっかり覚えているのだ。
もう1回、彼に会えたら、言いたいことがある。
「竜泉寺の湯の脱衣場のトイレ、半乾き臭すごいのに、なぜかクセになっちゃうよね」って。


彼と会ったのは、3月上旬。
マッチングして、すぐに八王子の居酒屋で会うことになった。
恵比寿や渋谷ではなく、新宿や新橋でもなく、八王子というのが、私にとってはちょうどよかった。
彼は相模原で、私は聖蹟桜ヶ丘だったから、自然な流れだったのかもしれないけれど。

彼を先頭にお店に入る。
小洒落たイタリアン。
彼はお店に入ってすぐにトイレへ行った。
私はメニューをじっくり見る。
ポテトサラダと、ガーリックチキンソテーは頼みたい。メインは彼に選んでもらおうと思ったところで、衣装替えをした彼が戻ってきた。

彼とは、メッセージのやりとりの時から楽しかった。
「何食べたいですか?」
「パスタですかね〜」
「大親友の彼女のツレ?」
「美味しいパスタ作ったお前?」
「俺も家庭的な女タイプですけど、キャリアウーマンもイケます!」
「つまり私ってこと?(笑)」
「フラグはびんびんっす(笑)」
ぽんぽんメッセージのやり取りが進んだ。
なんていうか、楽だったし、楽しかった。

当日は、お店の前で待ち合わせ。
ちょうどマスクは任意となった日だった。
彼は少しだけ遅れてきて、駅からずっと走って来たのか、額から滲む汗を少ししわくちゃなハンカチで拭きながら、すみません!!!と言った。
全然待ってないよ!あの、汗、、、大丈夫?
なんだか、少し照れ臭くて2人で笑った。
ひとつ下の27歳。180センチ近くある身長に、短髪。厚い胸板。完全に私のタイプのがたいの良さだった。
そして、たくましい体型とは裏腹にデフォルトで困り眉をしている彼のギャップに一目でやられた。

そういえば、私は、わりと一目惚れタイプだったことを思い出した。

「店入って早々トイレにこもってなんだコイツって思った?」
え?そんなことないよと言いながら、私はちょっとだけ思っていたことを見透かされたようで恥ずかしかった。
「俺スーツで飲むの息苦しくて嫌なんだよね〜」
スウェット素材の紺トレーナーにグレーのチノパン。胸元には、poloのワンポイントが小さく入っていた。
好きなセンスだなと思った。

一生懸命喋らなくても、話題を探さなくても、その場にあったちょうどいい自然な会話ができるんだなあって。
波長が合うってこういうことなんだなあ。

「サッカーは幼稚園から大学までやってたんだ〜」
「えー!すごい!大学までサッカーやってたの?」
「まあ、大学はサークルだけどね。」
「へえ〜!!!」
「大学もサッカー部でやってて欲しかったなあって思ってるよね?」
どうやら表情に出しすぎてたようだ。
図星すぎて、爆笑した。

「俺、自分の名前めっちゃ好きなんだけどさあ」
「素敵なことだね」
「いや、まじでいい名前よ、喜び与える彦で喜与彦」
「それはいい名前すぎるわ。喜びを与える人生歩んでるんだ」
「まあ、そうだね。気づけば俺だけ独身よ。」
「いやいや、まだ若いから(笑)アプリやってどれくらい?」
「1ヶ月くらいかな〜、、、あ!そういや、今日でちょうど1ヶ月だからポイント付与されるわ」
ポイント付与彦?と言いたいと思った。しかし、ここですべったら恥ずかしいという思いが勝る。ぐっと気持ちを抑え、へえ!そんな制度あるんだ?知らなかった〜と普通に返答。
今、思い返しても、あのタイミングでの付与彦はくだらないとわかってはいても結構言いたかった。

ごはんの時は、一生笑っていたと思う。
あまりにも居心地が良くて。
気づけば、ラストオーダーは終わってて、閉店のお時間なんでご退席お願いしますと店員さんに言われるまでしっかり居座った。

さあて、ここからどうなるかなあ。
お会計は、彼がカードで済ませてくれて、そのお礼に、と次のカラオケは私が持つと言った。
気持ちよく酔っ払った男女でカラオケ。
この先に、ひとりで自宅へ帰宅できた20代後半の人は世にどれくらいいるのだろうか。

案の定、気づけば手を繋ぎ、「残り10分です」とスタッフから電話が来た時にはキスをしていた。
そこから、ホテルまでスマートにエスコートされるはずだった。
しかし、彼も私も八王子でホテルに行くのは初めてだった。
Googleマップでラブホと調べる。
すごく変な感じがした。
ここだ!と行き着いた先。何ということでしょう。平日にも関わらず、受付に満室と立て看板がかけてあった。
「ねえねえ、まだ終電あるなら、今日は帰る?」
今思えば、ここで本当に帰っておくべきだったのだ。
お互い電車を調べると、私はつい2分前に終電が出発したばかりだった。
本気を出せば、実家まで歩いて帰れる距離ではあった。

なのに。
後戻りは、できない。
これだけ気持ちが盛り上がっている。ここで帰るなんて、、、という気持ちはお互いにあった。

もう一度、歩き出して、あった!!とネオンの看板を見つけた。
狭いですけど、ひと部屋空いてますよ、と言われ、好きなシャンプーとボディソープをきゃっきゃと選び、103号室へ入る。
「せま〜い!!!」
と、言いながら、すぐにベットに倒れ込む。
彼が上から覆い被さってきて、
耳元で、
「写真で見た時より、実物の方がかわいいって思ってた」
と、言われた。
ああ、もう、いい!今が幸せだから、いい!!心で叫ぶ。
彼の心地よい汗の匂いに、私は恋をしていた。

それからのことはよく覚えてない。
覚えてないけど、痛かった。
初回ではさすがに何も言えなかった。
背が高くて、元サッカー部で、いい声で、面白くて、キスが上手いんだったら、その先もうまくあれ。と本気で願った。

居酒屋で過ごした心地よい時間とカラオケでの楽しいイチャイチャを差し引いても身体の相性が合わないというのは、大きい痛手だった。
でも、私は、歳を重ねれば重ねるほど会話ができることの大事さを感じていた。だからこそ、営みに関しては、お互いに言い合ってちょうどいいところを探っていければいいと思っていた。
大切なのは、素直に伝え合っていける関係性。

でも、そう思っていたのは、私だけだったのかな。

朝起きて、彼はシャワーを浴びて、私はサッと着替えて、それぞれの生活に戻った。
振り返っても、何が原因かはわからない。
私が、最中に好きになったらどうする?と聞いたからか
痛みを耐えた演技の声にウンザリしたのか
早朝、下着がない!と大騒ぎして、捜索中にiPhoneのライトを彼に当てて起こしてしまったからか
部屋を出る前に使ってないアメニティをがめつく鞄にしまっていたのを見られてたからか
はたまた全部か。

その後、それまで続いていたメッセージのやり取りも途切れ、交換したLINEも、動くことはなかった。

「私から連絡すればよかったのかな。」
GW最終日、久々に会った大学時代の友人愛美に話すと、
「でも、いくら人格が好きでも身体の相性が合わないっていうのは、乗り越えられないキツさがあるよ。」
彼女は、3年付き合っている彼とのセックスレスに悩みながら、合コンで会った行きずりの男とのそれに興じる週末を過ごしていた。
彼女の経験者としてのひとことに、これでよかったのか、と改めて自分に言い聞かせる。

「本当に縁があったらまた会えるっていうじゃん。だから、私、竜泉寺の湯、定期的に行くことにしてるの。だって、縁がなかったらどうせ絶対会わないし。」
「それ、会ったらどうするの?気まずくないの?」
「いや、今のところ再会の兆しゼロだね。運命の人じゃなかったんだろうね。」
「じゃあさ、もし、この先、竜泉寺でキヨヒコに再会したらさ、その時は結婚してよ」
「わかった。任せて(笑)
って、これってさ、私、ちょっとしたストーカーなのかな。」
愛美とこうして笑い合えるのも、お互いちょっとだけ不幸せな独身同士だからだろうな。
いつまでもこんな日々が続かないことはお互い分かっている。
友達より先に結婚したい、と誰もが願いながら、アラサー女性の生き方を模索している。

愛美と私は、そのまま恵比寿横丁に向かった。
2年ぶりに来たここは、びっくりするほど年齢層が低くなっている気がした。
ああ、もう、こういうところでの出会いに期待できる年齢でもなくなったのだなあ。
それでも何杯かひっかけて、それなりにナンパされて、それをあしらう。もう我々がいるべきところではないと判断し、喧騒とする人の間をくぐって外に出た。
隣のセブンで水を買って出ると、恵比寿横丁の前には、中では闘わないで、出来上がった女の子をナンパしようとしているごっつぁん男がたむろしていた。

結婚式3次会終わりの不動産3人の男に声をかけられ、チャラそうだけど、ひとりだけタイプの人がいたので、今日は、ここでラストかな〜と思っていた頃。
「お姉ちゃん、これあげるから、今日は帰りな」
引き出物を私の腕に通し、背中を押された。
そっちから声かけてきたくせに。
「え〜わかったあ!ばいばい〜!」
そう言って、終電まで少し余裕のある駅に向かってゆっくり歩き出した時、急に何かがこみ上げてきた。

ねえ、
結婚ってこんなに遠いんだっけ?
お互いに想い合える人に出会うのってこんなに難しいんだっけ?
私はもうチヤホヤされたいんわけじゃないんだよなあ
誰でもいいわけじゃないけど、ちゃんと私を大好きでいてくれる人に出会いたいだけなのに。
結婚したい。子どもが欲しい。家庭を築きたい。これってそんなに贅沢なことかな?

私、ちゃんと結婚できるかな?

明日から仕事、というプレッシャーが、私の情緒を不安定にする。

右腕にかけられた知らない人の結婚式の引き出物。
中に入っていたオリジナルビスコを開ける。
パッケージのビスコの文字は、きっと新郎新婦の苗字「タカオ」となっていて、写真は、2人がディズニーランドでミッキーのアイスを食べている姿が切り抜かれていた。

いいなあ。

駅のベンチでビスコをかじりながら、
知らない人にまで、嫉妬できるほど、私、結婚したいんだなあ、と静かに思った。

そもそも、こんなに結婚したがってる奴は、恵比寿横丁なんて行ってる場合じゃないんだろうなあ。
世の中の人はどこで出会っているのだろうか。

最近の引き出物はギフトカードになっていて、QRコードを読み込むと好きな品物が選べるようになっているらしい。
知らない人のお祝いのギフトカードで、何を注文してやろうか。
なんとなく、残るものにしようと思った。
ちょうど目に留まったル・クルーゼのタンブラーセット。
ここの食器は、私が招待された結婚式に出席できない時に、代わりに贈るお祝いの定番だ。人にばっかりプレゼントして、自分のためには買ったことがなかった。
私が、もがいた先にしか、拗らせた先にしかない、このタンブラー。
今を生きてる証をこのタンブラーに込めよう。
だから、これは、心に決めた彼ができた時にだけ一緒に使おう。

重いかな。
きっとこういうところなんだろうな。

いつか、このタンブラーにレモンサワーを注いで、イカソーメンと柿ピーをつまみながら、TVerでゴットタンとか観ながら、今日のできごとを笑って話せたらいいな。
未来の彼と2人で。

そんなことを思いながら、本当は1番最初から気になっていたイワキのガラスタッパー4個セットを注文した。


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