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【エッセイ】「情けは人のためならず」な話

昨日の保育園からの帰り道のどこかで、AirPodsを落とした。

最近、お迎えに行くタイミングで次女が寝ていたら、抱っこ紐に入れながらVoicyでラジオを聞きながら歩くことにしている。
その際、カラビナをつけたAirPodsは抱っこ紐のどこかにひっかけていることが多い。

長女をピックアップし、いつもならそのまま長女をベビーカーに乗せるのだが、昨日は「カート(ベビーカー)は○○ちゃん!(次女の名前)」と言うので、次女を抱っこ紐からベビーカーに下ろしたのだ。
そこで、私の頭の中からもうAirPodsのことは完全に忘れられていた。
おそらく、ぶらぶらと腰につけた状態の抱っこ紐から、どこかのタイミングでAirPodsが道に落ちてしまったのだと思う。

夜になって、寝かしつけをする際に寝落ちしないように何か聞こうと思ってAirPodsを探すとどこにもなく、もしや‥と気づいたのだった。

寝かしつけを夫に頼み、ダメ元で自転車で夜道を探し回るが、落ちていない。
最新型のモデルだったし、雨も振っておらずまだ元気に動くはずのAirPods。
きっといまごろ、少ないバイト代ではそんないいワイヤレスイヤホンが買えないようなどこかの若者の耳にでもささっているのだろう。
そう思って帰路についたとき、たまたま目に入った駅前の交番に、またまたダメ元で紛失届を出しに行った。

保育園から自宅への道とは、逆方向にある交番。
だが、私のAirPodsはそこに届いていたのだ。

大阪、いや日本って素晴らしい国ですよね?と真面目に交番でつぶやいてしまった。
免許証のコピーをとったりと色々と手続きに時間はかかったが、私のAirPodsはほぼ無傷の状態で手の中に戻ってきた。

情けは人のためならず。
そんな言葉が浮かんだ。
ちょうど先週末に行った旅行先で、酔っ払って足元のおぼつかない若者グループの誰かのズボンのポケットから落ちた長財布を、猛暑の中走って追いかけて届けたという徳を、私は積んでいたのである。

このAirPodsは、あのときの財布分だな、なんて思ったりした。

子育ても、似たような話なのかもしれない。
いま毎日懸命に替えている娘のおむつ。いつかは私が、娘に介護で替えられる側になるかもしれない。
ポロポロこぼさないでと怒りながら毎日サポートしている娘の食事。いつかは私が、娘に食事の準備を任せる日が来るかもしれない。

もちろん、将来の自分のためにいま娘の世話をしている訳ではない。
娘が、受けた恩を返す先は私じゃなくたっていい。
でも、私や夫が彼女たちに注いだ優しい気持ちが種になり、いつか花が咲くように自然とその優しさを誰かに返してほしいなと思う。

抱っこ紐にAirPodsはひっかけず、ちゃんと鞄にいれると誓って、いい気分で眠りについた夜だった。

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