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【エッセイ】ふたりの「パパ」に混乱した娘の話

先日、夫の実家に遊びに行った。
土曜の夕方から夫と2歳の長女が一足先に実家に行ってお泊りし、日曜の昼前に私と2ヶ月の次女が伺った。

私と次女が到着したとき、ちょうど長女がお昼ごはんを食べようと椅子に座ったところだったのだが、なんだか不思議そうな顔をして頭をひねっていた。
何があったのか義母に聞くと、教えてくれた。

夫は長男で妹が2人いるが、みんなもう独立していて実家には住んでいない。
子どもはもう居なくなった家の中であるが、義母は義父のことをいまだに「パパ」と呼んでいる。
義母が義父を「パパ」と呼ぶ一方で、娘にとってのパパは目の前のいつものパパのはずだ。
ふたりの人物が「パパ」と呼ばれていて、少し混乱してしまったらしい。

「孫たちの前では、じいじって呼ばないと混乱しちゃうね」
と言って、義母は笑っていた。

おもしろいことに、逆のことは起こらなかった。
つまり、「ママ」はふたりにならない。
義父は義母のことを、下の名前で呼ぶからである。

たまたまかもしれないが、我が家でも同じ現象が起きている。
私は夫のことを、子供が産まれてからはずっと「パパ」と呼んでいる。
夫は、子供たちの前では私を「ママ」と呼ぶが、私とふたりきりのときは昔と変わらず下の名前で呼んでいる。

全ての家庭がそうだとは思わないし、もちろん個人差もあるが、これが産後の男女の差なのかなあと思ったりした。
女性は、母親になると基本的にはもうずっと母親モードであるひとが多いと思う。 
妻であり社会人であり母でもあるのだが、他の役割をしているときも母親スイッチが完全に切れていることはない気がしている。
寝ても覚めても何をしてても子供のことが気になり、恋人だったはずの夫を見つめる際も、必ず一度、子供というフィルターがかかる。

一方で男性は、もちろん父親ではあるのだが、意外とそのスイッチはまばらについたり切れたりしている気がする。
保育園のお迎えを頼んだのに仕事に夢中で平気で遅刻したり、子供達が眠った瞬間、急に妻にスキンシップを求めてきたりもする。

どちらが正しいというわけではないが、妻に「パパ」と呼ばれる夫と、夫に名前で呼ばれる妻の間には、中々に深い溝がありそうだと感じた出来事だった。

できれば子供が巣立った後は夫のことを名前で呼べる妻でありたいが、いまのどっぷり母親モードがあと20年続くと考えると、夫のことを昔は何と呼んでいたかさえ忘れてしまいそうだ。



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