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私なら、ハンバーガーも投げない:なれた手つきでちゃんづけで(『36度』より)

最近の私はなるべく色々なものが読みたくて、ある作品を何度も読み返すことは少ないのだけれど、ゴトウユキコさんの短編集『36度』は別。特に気に入っている話を、何度も読んでしまう。

例えば、「なれた手つきでちゃんづけで」という話。
もっと多くの人に読んでほしいから、今日はこの漫画の特に印象に残ったところを、ふたつ、書いてみようと思う。

あらすじ

志村シゲルは漫画家。突然アシスタントが辞めてピンチヒッターを探していたところ、飄々とした雰囲気の女の子、片岡聖(ひじり)がやってきた。聖は23歳で、志村にとって初めての女性アシスタントだった。

その淡々とした様子からはわからなかったが、実は志村の大ファンだった聖。あるとき、志村の手に触れるチャンスを掴み、

二人は関係を持つようになる。

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※画像はゴトウユキコさんのTwitterから拝借。

その後、聖がアシスタントに入るたびに体を重ねるようになった二人だが、「デートの失敗」をきっかけにその関係は終わり、聖はアシスタントも辞める。

印象的なとこその1:志村先生のクソっぷり

時は流れ、ある時志村は、二人の情事をほとんどそのまま描いた漫画が雑誌に掲載されたことを知り、再会した聖をなじる。

「あれは…俺への仕返しなの?」 

「たった一度デートドタキャンしたくらいであんな風に描くなんて」

「君って本当ヒドいよ」


最初は「まあたしかに、その人だからこそ見せていた面を公に開くのはどうかと思うけど」
なんてぼんやり読んでいた私、何度か読むうちに、志村先生への怒りがふつふつと沸き立ってきた。

たぶん志村は、「デートドタキャンした『くらい』」のことが聖を動かしたなんて、ほんとは思っていない。

デートの失敗の原因は、志村がその日白状するある秘密の方にあるって知っていて、それを認めないように、必死なのである。認めたら、自分が悪者になるから。相手を悪者にすれば、自分は正しいままでいられる。

===

志村の横暴(あるいは傲慢)は、これだけじゃない。

自分は今も幸せだからって遠慮していた聖に、「そう言わずたまにはね」って笑いかけて外でのデートを提案したのは、志村である。

なのにだ、聖に電話で言わせるのだ。

「今日って何時に待ち合わせですか?」 
(その日が来るのを毎日楽しみにしていたであろう聖、連絡が来るのを、どんな気持ちで待っていたんだろう)

さらにはその日都合が悪くなったことを、もらった電話で、ようやく告げる(なんでもないことのように、これまで隠してきた秘密のことを明かしながら)。

「テキトーに」

「軽い感じで」 

「また今度必ず」

愛してます、って言った聖の気持ちは、何度も何度も踏みにじられる。

(志村の手だって宝物のように大切に触れて舐める、聖の態度を私達は知っているから、ますます心苦しくなる)

こんなにボロボロにされて、もう話さなくたっていいよ、って思うのに、

それでも聖は、志村にハンバーガーを投げるのだ。

志村のことが、好きだから。

印象的なとこその2:聖の表情

聖は、顔に感情を出さない分、漫画にこめてる人なのかな、って最初は思っていた。
でも、志村に対してだけは、違った。
顔いっぱいに、時には体もつかって、喜怒哀楽を惜しげなく表現していた。

志村の性癖について、
「他の人にも…こんなことさすんですか?」
と質問して
「他の人…頼んだことない…」「聖ちゃんだけ…」と言われたときの、
魔女みたいな顔。

寿司を投げ返されたときの、
子供みたいな顔。
 
デートの提案に「楽しみにしてます」って
応えるとき、
志村の目を見ないところ。


どれもすごくかわいい。


こんな表情を前にして、
志村先生、あなただって、
本当は彼女の愛の大きさに
気づいていたはずですよね。

だから、
雑誌に発表された漫画を読んで
クソガキ、って思うポーズを取りながら、
それでも彼女の幸せな笑顔を 
思い浮かべてしまったんでしょう?



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