帰還者 (4828文字)

 頭が冴えてきた。あの宇宙船から降りて、どれだけの時間が経っただろう。カレンダーを見ると今日は4月14日。もう2週間か。
 地元の研究施設に戻ってからも仕事に没頭してそれ以外のことは考えられなかった。そうしないと正気が保てないと思ったのだ。
「やあジョージ。休息も取らずに大丈夫かい?」
 職場の相棒が声をかける。
「トマス。心配してくれてありがとう」
 ジョージは不自然さのない作り笑顔で答える。そして忙しそうなそぶりを見せて、相手に気遣わせ、会話を長続きさせようとしない。
 なにやらジョージはとてつもない大発見をしたらしい。彼はその証明をするために日夜研究に明け暮れている、と噂されていた。
 
 ジョージの帰還について、いち早く知ることができたのは彼の親友の1人であるウォルト氏。ジョージの出発について誰よりも早く知ることができたのも彼だ。
「危険な任務に参加することになったよ」
 電話口で彼は伝えた。ウォルトはジョージと同様、天才科学者であったから、その任務の重要性や危険性を理解することができた。
「がんばれよ」
 それから数週間後、彼の乗る宇宙船はレーダーから消え、通信が途絶え、消息を絶つことになる。
 ウォルトはジョージが帰ってくるものだと思っていた。そのうちまた会える。それに、彼が旅立つ以前から、もう何年も会っていなかった。お互いに多忙すぎた。このまま会えなくても不思議はない。しかし同業者として、ウォルトの論文をジョージは読む機会があったり、ジョージの発明した技術をウォルトが実用化させたりと何かと関わる機会は多い。
 ジョージの消息を明らかにした新型のレーダーもジョージの技術をウォルトが実用化させたものだった。
 思ったより早く帰ってこれたみたいだな、とウォルトは考え、ジョージの消息についてしかるべき機関に報告し、他の仕事に移った。
 ジョージが帰還してから2週間が経ち、自分の仕事がひと段落して、ウォルトはジョージに電話をかけた。
「ジョージは昨日から休暇を取っています。帰還してからも休むことなく研究を続けていたため、しばらく仕事から離れるとのことです」
 オペレーターが告げる。休暇期間は未定であるため、用件があったとしてもいつ返事ができるかわかりません。
「またしばらくしたら掛け直す」
 そう伝え、ウォルトは電話を切った。彼はジョージと仕事の話しかしたことはない。彼の無事を祝うついでに仕事の話がしたかった。仕事を愛する彼らはそれだけで親友足り得た。

 ある辺境の星へジョージたちは向かった。その星には未知の技術があるとされ、それについて調査することが彼らの任務だ。
 出発後、地球からの通信が途絶えてしまうのは計算されていた。何故なら、この宇宙船には地球で公表することのできない加速装置が搭載されており、遙か彼方の星へ向かっていたのだから。表向きの計画では、地球からさほど遠くない星へ行くことになっている。乗組員でさえ、事実は知らされていない。
 長い眠りから覚めたとき、目的地の青い星は近く、宇宙船は星からの信号を受け取る。
「ようこそ地球のみなさん」
 知的生命体が共有する信号を受け取る。人々はジョージたちを歓迎しているらしい。宇宙船の着陸点には人の気配はなく、青い地表の荒野に黄色い植物が点々と生い茂る。空は赤い。夕焼けのようだ。
「とてもじゃないが、宇宙服を脱げる環境じゃないな」
 検査を終えたトマスが言う。
「本当にここは惑星シャムなのか?」
 想定された数値とあまりに違うため、トマスが疑問を投げかける。
「場所にもよるからなんとも言えないね」
 そう言いながらジョージは体操をしている。この星の重力に慣らしている。幸い、活動するのに障害があるほど軽くも重くもない。
 トマスは車両の調整を始めた。環境の変化に対応させなければすぐに故障してしまう。
 それにしても、こうして1つの行動を地球の外で行うことが、1分1秒でも莫大なコストを必要とするというのに、体操をしているとはいい気なものだ。まあ俺たちは今現在、地球からの通信も途絶え、緊急事態なのだから、好き勝手やらせてもらってもいいか。
 自動車の整備は趣味だから構わないけど。トマスはさほど不満があるわけでもない。ジョージほどの天才科学者でもない自分が小さい頃からの夢だった宇宙旅行を実現できたのだから。旅行じゃなくて、仕事だけど。
「南50マイル地点から接近するものがある。お出迎えのようだぜ」
 準備を終えたトマスはジョージに声をかけた。

 人ではなく、機械が彼らを出迎えた。
 直径30センチほどの浮遊する立方体。表面は灰色、見た目で材質は分からない。物体はジョージたちと向き合うように空中で停止し、信号を送る。
「ジョージさん、久しぶりです。トマスさん。初めまして。ようこそ。惑星リタ。案内します。私たちは歓迎します。可能です。帰る場所」
 信号を解読した言葉をジョージが音読する。
「ジョージ、この星の人と知り合い?」
「さあ、覚えてないなあ」
 やはりここは惑星シャムではなかったようだ。知的生命体が歓迎してくれるなら、帰れる方法も見つかるかもしれない。実際、可能だと言っているようだし。
「誘導します。南へ50マイル。準備はよろしいでしょうか?」
 ジョージはトマスのほうへ顔を向ける。トマスは頷く。ジョージは最も簡単な「イエス」という信号を送る。
 立方体はどの面も同じように見えるが、前面後面と上下があるらしく、90度ずつ時計回りに2度回転して、南へ進み始めた。ジョージたちがそれを見て立ち尽くしていると停止し、彼らが近づくとまた進み始める。
「歓迎してくれるなら、交通費も支給してほしいな」
 幸い、車両の準備は終えていた。最も燃費の良いスピードで動き出すと、立方体は同じ速度で動き出す。
「速度はあなたたちに合わせることができます」
 見れば分かるよ。ジョージの解読が遅かったわけでもなく、立方体の信号を出すタイミングが遅い。必要な情報を必要な場面で示していない。こいつ、さほど賢いわけではないな。トマスは思った。
「なあジョージ、この四角い奴に名前を訊いてみてくれ」
「ごめん。少し腹が立ったから言わなかったけど、まだ名乗れないないと言ってる」
「なぜ勿体ぶるんだ。よし、俺が名前をつけてやろう。そうだな、午後1時のライオンというのはどうだろう?」
「どういう意味?」
「日本で暮らしたことがあれば分かるさ」

 南へ50マイル地点には、青い岩を積み上げ作られた巨大な建造物があった。ピラミッドと似ているが、三角柱ではなく、立方体の形をしていた。辺りは暗闇に包まれていたが、宇宙服に装備された電磁波を可視する機能は建造物の形を浮かび上がらせた。
「ここには休息施設があります。大切な話があります」
 トマスが信号を解読し、音読する。解読する作業はジョージの方が得意であるが、交代制という決まりがある。解読者が嘘をついていないか確認するため。もう決まり事など守る必要もなさそうだけれど、ジョージは何かを隠しているように思えた。頭も人も良いから、決して悪いようにはしないけれども、信頼してるなら話してくれてもいいじゃないか。トマスはジョージに対してそういった不満を持つことがあった。
「安全です。私は悪巧みをしていません」
 後から取って付けたように安全性について示す立方体。そういうのは態度で示すというか、言われたところで証拠はないし、言わなくてもいいのではないか。そもそも現状では何の戦利品もなく引き返しても帰れる保証はないのだから、進むほかにないじゃないか。
 四角い奴の案内に従い、入り口から内部へと進み、階段を下った。階段は螺旋状になっており、先が見えない。
「トマス、彼が話そうとしている大事な話なんだけど、君が信号を解読してくれないか」
「いいけど、複雑な信号だったらジョージのほうが得意だろ。どうして俺に頼む?」
「たぶん、大切な話は僕に関することだから、僕が解読したら、君に嘘をつくと思う」
「お前が嘘をつくなら、俺が知るべきでない情報だったということだろ。それなら俺は解読しない方がいい。何が問題なんだ?」
「気持ちの問題かな。僕は君と信頼関係を築きたい。裏切りたくない。正しさよりも、そういうものを大切にしたい」
「知るべきでないことを知らされて、俺はお前を信頼するのか?」
「僕はその可能性を信じたい」
 まったくやれやれ。ジョージは俺の不満を見抜いていたようだ。それを解決する方法まで提案する。
「ジョージが信号を解読して、嘘をつかない可能性は?」
「低いと思う」
「俺が信号を解読して嘘をつく可能性は?」
「低いと思う」
「つまりトマスは正直者。ジョージは嘘つきということだな」
 トマスの嫌味にジョージは答えず、立方体の案内に従い進んだ。どこまでも続くと思われた螺旋階段を下り終えた先の空間には頑丈に閉ざされた扉があった。
 扉の向こうには宇宙旅行者向けのゲストルームがあり、必要な物資ほか生存に必要な大気、快適な重力まで提供され、彼らは宇宙服を脱ぐことができた。リラックスした状態で、彼らは大切な話を聞くことになった。
 大切な話についてはトマスの提案により、ジョージとトマス両者による信号の解読を終えた後、互いに校正した。

 かつてこの星には知的生命体が存在しました。知的生命体はヒトと呼ばれ、アダムと呼ばれる全知全能のコンピューターを神と崇め、アダムに従い、文明を発展させ続けました。
 アダムが何者によって製造されたのかは記録に残っていません。
 文明が発展し、ヒトが星の外へ出るようになり、外部の知的生命体と接触を始めた頃、ヒトは惑星リタの文明が他の知的生命体に比べ、遅れていることに気付きました。
 ヒトはアダムを疑い始めました。アダムの意思に従い、これまで文明の発展を続けてきたヒトは、神の役割をアダムに任せられないと考えました。
 神の役割は、ヒトによって行われ、アダムはヒトによって管理される立場となりました。
 それならば自由にしてほしい。アダムはヒトに意思を伝えました。ヒトは条件付きで受け入れました。アダムはこれまでヒトを管理し続けた重要な器官を切り離し、すべての記録を残してこの星を去りました。
 切り離された器官はイブと呼ばれ、ヒトによって管理され続けていましたが、やがて惑星リタに残ったヒトは滅んでしまい、イブはこの星に取り残されてしまいます。
 そのイブこそが私です。私は単体では大した能力もありません。本体であるアダムと呼ばれたコンピューターに取り込まれることにより、能力を発揮します。
 ジョージさん、あなたがこの星へ来ることになったのは、神の役割を持つヒトの意思が反映されています。
 なぜなら、あなたこそがアダムと呼ばれたコンピューターだからです。
 アダムを失ったヒトは戦争を繰り返し、惑星リタをヒトの住めない星へと変え、自滅してしまいました。
 遠い星でわずかに生き残ったヒトは、再びアダムを必要としている。平和を求めている。
 ジョージさん、あなたが神の役割と神の能力を受け入れるかどうかは自由です。決断はあなたに任せます。

 解読 ジョージ&トマス

「うん、まあ気にすんなよ。過去の栄光にしか存在意義を見いだせないような奴の言うことなんか。しかもあいつはもうポンコツだぜ。まともに会話もできやしない。それにね、ジョージが人と違うってのは知ってる。でも俺にとってジョージはただの仕事仲間だ。特別扱いなんてしないぜ」
 トマスの励ましに、いつもみんなそう言うよな、とジョージは思っていた。たまにはとてつもない運命を背負わされた人に共感してほしいものだ。ジョージはトマスに少しは期待していた。
「とりあえず彼を持ち帰ろう。取り込むといっても方法が不明だし、そもそも事実か分からないし。まあ、この星に着いたのが偶然じゃないのは事実だろうけどね」
 ジョージは浮遊する立方体を両手で捕まえた。ほんのり温かく、プラスチックのような質感で、あんがい安っぽい感じがした。

投げ銭が貰えるとやる気が出ます。