オリジナル小説『君がそうかと言う前に』


「まただよ⋯⋯」
これで6年間同じクラスになる川邊の苗字を見てつぶやいた。
「まただよ⋯⋯」
これで6年間同じクラスになる久森の苗字を見て川邊がつぶやいた。
「⋯⋯」「⋯⋯」
沈黙と共に見つめ合う、というより睨み合う2人。

中学生の時に初めてできた異性の友だちに
「これからずっとよろしく」
と言ったのがいけなかったのかもしれない。
「うん、ずっとよろしく」
と言われたのがいけなかったのかもしれない。

意識はしていないが意識せざるを得ない状態の2人には
春の、まだ寒さの残る温もりが、視線にも感じられた。






   君がそうかと言う前に




川邊ちひろは中学1年生の時に長野県から引っ越してきた。

性格は、みんなのことを外から見ていて話に入れないくせに
自分の話になると誰よりも速く喋る、嫌いな食べ物を残さず先に食べる、
石蹴りしてる子を蹴る、走る事が好きで特に坂道は男子にも勝る、
僕の事は都合のいい男友だちだと思っていて、宿題をいつもコピーされる、
中学の3年間クラスもコピーされる。

高校生になる時も通う学校自体コピーされ、
何故か2年生まで同じクラスにされた。

3年は進路も違うし、もうないだろうと思ってたのに、
また一緒にされてしまった。

川邊は僕のことをキュウと呼ぶ。
それは久森のひさの字をキュウと呼んでる、ただそれだけだ。
ただ凄く気に入ってるあだ名らしく、
他の女の子がキュウくんと呼ぶと凄い剣幕で
「それは私とキュウとの間だから呼べる」
と謎の理論で高速マウンティングをする。
そのくせ僕は川邊をあだ名で呼ばせてくれない。

ちっち。

これが川邊のあだ名らしいのだが、本人はまるで気に入っていない。
冗談でちっちと呼ぼうもんなら僕は石蹴り野郎になる。
何故嫌なのか人づてに聞いた事があるが
「大人になってもちっちなんて呼ばれたくない」
と達観した意見でそれを聞いてからは冗談でも呼べなくなった。

ちーちゃんがちーちゃになってちっちになったというのも知っている。
そのくらいの仲にあっという間になってしまった。

高校に入ってから何人にも
「実は付き合ってるんでしょ?」
と言われ続け、その度に
「もし付き合ってたら下の名前で呼んでる」
と口癖のように説明する。
だから、川邊と意地でも呼び続ける。
一緒に居過ぎて変な空気になったことももちろんあるが、
それがある度に
「この空気無理、耐えられない」
と言い出すのは川邊の方だったりする。

「キュウにとっての私って何」
と1度だけ聞かれた事がある。
何気なく聞かれた様で、何と言ったか詳しくは覚えていない。
川邊に聞くと必ず
「人生になくてはならない人」
と話を盛る。
「僕が言うわけない」
と否定すると
「川邊がいないと僕じゃない」
と、より盛り出す。

今でさえ自分にとっての川邊は
「いるのが当たり前になってる人」
と思うし、そう答えた気がする。




「そろそろさー」


と言われ気がつく。

「え、なんか言った?」
「は?、なんで聞いてないの」
「聞いてないじゃなくて聞こえなかった」
「そろそろさ、離れちゃうねって言いました!」
「え、離れる?クラスが一緒になったのに?」
「はぁ⋯⋯」
溜息混じりの呆れた声が川邊から漏れる
「キュウは就職でしょ?私進学だから」
「え、そうなの」
「そうでしょ」
「いや、そうでしょって言われても⋯」
「知ってるだろうが何年も一緒にいんだからさー」
「いや聞いたことなかったけど」
「聞いたことないんじゃなくて頭に入ってないんじゃないんでしょうか」
「僕は川邊が言ったことかなり覚えてる方だと思うけど」
「それどういう意味?」
「どういう?」
「深い意味ある?」
「いや、ないけど」
「私はキュウが言ったことは全然覚えてないけどねー」
「覚えてないんじゃなくて頭に入ってないんじゃないんでしょうか」
「マジやめてそういうの」
「川邊が言ったこと覚えてるからね」
「うっざ」
「そっちが言い出したのにか」
「もう疲れるんだけど何なの?」
「それより進学なんて聞いてないよ、
 僕には川邊は言ってないんじゃない?って話じゃないっけ」
「絶対に言った!」
「いつだ」
「高1の冬休み」
「何で休みん時なの」
「何でだっけーー」
「あけおめ〜みたいな流れの時か」
「そう⋯そう!」
「文だから覚えてないんだ」
「何それ」
「聞いたことは覚えてる自信あるけど書かれたことは覚えてないかも」
「は?都合良すぎでしょ」
「ていうかそもそも都合良い男友だちだと思ってるだろずっと」
「友だち⋯」
と言いかけたところで掛け合いは止まる。

ちょっと上の方を仰ぎながら川邊は再び口を開く
「いや、友だちじゃないから」
「え、じゃあ僕は川邊にとっての何なの」


「いるのが当たり前になってる人」


「え、それってさ」
の僕の言葉を遮って続きを言う

「友だちなんて一度も思ったことない」
「嘘でしょ普通に」
「当たり前だから」
「当たり前」
「いるのが」
「いるのが」

「キュウは私は友だちだと思ってんの?」

「いや⋯⋯」
言ったこと覚えてないは本当かもしれない。

「人生になくてはならない人」
「はい?何て?」
「川邊は僕にとって人生になくてはならない人」
「絶対思ってない」
「川邊がいないと僕じゃない」

「聞き覚えあるんだけどなんかのドラマのセリフだっけ?それ」

の後何か思い出したように続けて

「あっ⋯」

続く言葉を遮って僕は返す

「これは川邊にずっと言われてたこと」

「今それ言おうとしてたのに何で言うの」

「君がそうかと言う前に僕が言いたかったから」

「そうか⋯?」

「同じこと思ってるって思ってなくて」

「え、同じこと思ってなくない?」

「僕はずっといるのが当たり前になってる人って思ってたけど」

「けど」

「川邊はいつも話を盛るから」

「いつも」

「その仕返し」

「ちょっとごめん意味わかんない」



僕は君のこと凄い覚えてるのに
君は僕のこと全然覚えてない。



「私キュウのこと覚えてないってこと?」

心の声が漏れている。

「キュウのこと、言ったことはあまり覚えてないけど
 してくれたことは凄い覚えてる」

「僕がしたこと⋯」



「私が周りに溶け込めない時に率先して仲間の輪を作ってくれてさ
 私がしたい話を振ってくれて」

「え僕が?」

「嫌いな食べ物を先に速く食べる癖を見破られて」

「そん時なんかした?」

「キュウが当番の時に私が嫌いなトマト、一番上に置いてくれた」

「へぇ⋯⋯」

「長野の山に住んでて石が綺麗で好きだったから
 石蹴りしてる人見るとめっちゃムカついて」

「あー蹴ってたよなーそいつのこと」

「キュウが代わりに蹴ってくれてたけどね」

「はい?」

「走るの好きなのって言ったら一緒に坂道走ってくれたけど
 キュウが先にバテちゃってさ」

「それ僕、だっけ」

「それっていうか全部がキュウだけど」



君は僕のこと凄い覚えているのに
僕は君のこと全然覚えてなかった。



「コピーしてたよね、宿題」
「コピーされたよね、クラス」


覚えてないんじゃなくて


「そういえば確かに就職やめるって言ってたな」
「は?今更?」
「ずっと一緒だともっと当たり前になるからって」


覚えてるのが当たり前になってたかもしれない


「キュウは私がいなくて当たり前だと思って欲しい」
「いなくて当たり前⋯」
「一緒に居過ぎて変な空気になった時あったよね?」
「その時川邊は
 「この空気無理、耐えられない」
 って言ってたよ」


「そうか、
 
 そう言ったんだ私」


「そうだよ」
「言ったこと忘れちゃってて」


「⋯⋯」


「私多分ずっと一緒に居たかったから」
「僕と?」
「うん、
 
 付き合っちゃうとさ
 別れる時が来るじゃない?恐らく」


「そうか」


君がそうかと言う前に気づけてたこと
初めて気づけなかった
僕がそうかと言ってしまった


「もし付き合ってたら私のことなんて呼んでた?」



「ちっち、かな」


「大人になってもちっちなんて呼ばれたくない」


「知ってる」


「嫌な彼氏」


「知り過ぎてると良くないな」


「私とのこと全然覚えてなかったのに知り過ぎてる?」


「それはそれとして」


「私たち付き合わなくてもどっかで繋がってるから」


「なんかわかるかも」




「これからもずっとよろしくね」


「うん、ずっとよろしく」






残った寒さはもう過ぎていった。





     君がそうかと言う前に  終わり

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