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一人の儀式 / スラーターニー(1)

2003/07/25

チュムポーンからミニバスに乗ってスラーターニーへ向かった。ほんの二時間ほどの道のり。見知らぬ街へ降り立つことへの不安はもうあまり感じなくなっていた。

バスターミナルを起点に歩き出し、交差点の風景や特徴的な建物の姿を頭の中で順番につなげた。すべてを網羅できるわけではなかったが、そもそも通り過ぎるだけの旅行者に必要な情報はそれほど多くなかった。

ひとつだけ言えるのは、そうやって作り上げた地図には太陽や雲も移動する模様として描かれ、ぼく自身もまた動く点となって存在することだった。

スラーターニーの街はこれまで訪れたタイのどの街よりも雑然とした印象を受けた。道幅はそれほど広くなく、ひしめきあうように連なる商店の足元には光と影の輪郭が深く染み付いていた。

感じたのは不思議な懐かしさだった。世界がまだ自分の歩ける範囲でしかなかった頃、誰かに手を引かれて歩いた遠くの街は確かこんな場所ではなかったか。

通りの向こうにタイ仏教の寺院が見えた。煌びやかで厳しい佇まいに改めて異国にいることを知った。すれ違う人々や見慣れぬ看板のタイ文字にぼくの記憶と重なるものは何もなかった。それでも今この街に含まれている。そんな不思議な安らぎがあった。

強烈な陽射しを受けながら今日の宿を探すためにあちこちを歩いてまわった。しばらく歩いた後で分かったのはぼくのような旅行者が泊まれるゲストハウスがほとんど存在しないことだった。

何人もの通行人に英語で問いかけ、どうにかタピー川のそばに一軒あることを教わったが、残念なことに改装工事中で泊まれる部屋はなかった。

途中、街角の旅社にも足を運んだ。レセプションにいた女性は親切で、この街の宿事情について色々と教えてくれた。とにかくゲストハウスがないこと、100バーツ(約320円)以下で泊まれる部屋など聞いたこともないこと、だいたいどの旅社も最安値が180バーツ(約576円)になっていること。

旅社の間にも小さなルールがあるのよと女性はまるで子供に言い聞かせるみたいに言った。

ぼくがほとんどタイ語を解さないことが分かると、レセプションの女性はいくつかタイ語のフレーズを教えてくれた。不器用に発音を繰り返すたびに彼女の笑顔はいっそう温かなものに変わった。

それでもどうしても提示された値段に躊躇してしまい、もう少しだけ宿探しをしたい旨を伝えた。駄々っ子みたいな申し出に彼女は困ったような表情を見せた。けれど、彼女の口から発せられたのはぼくを引き止める言葉ではなかった。

デスクの脇に山積みにされたランブータンを袋に詰めると女性は小さく頷いて言った。「喉が渇いたら食べなさいね」と。突然の出来事に戸惑っていると女性はまた言い聞かせるように言った。いいから持って行きなさい。どうかいい宿が見つかりますように。

言われるまま優に半キロはあるランブータン入りの袋を手渡され、教わったばかりのタイ語で感謝の意を伝え、その足で再び宿探しに向かった。

一時間ほどかけて数件の旅社を回ったが、彼女の言う通りどこも180バーツが最安値となっていた。改めて商店の主人や通行人にも尋ねて回ったが、そもそもゲストハウスという言葉すら解さない人もいた。旅行者も相手にしているはずのバイクタクシーの青年たちもみな一様に首を振るだけだった。

結局ランブータンをくれた女性の旅社に戻った。ぼくが再び顔を出すと女性は満面の笑みで迎えてくれた。思わずぼくは日本語でただいまと言った。彼女の笑顔は子供の帰りを待つ母のようだった。

通された部屋はきちんと値段に見合う部屋だった。シャワールームには石鹸もバスタオルもあり、ベッドのシーツは白く清潔で皺ひとつなく、片隅には小さな鏡台と書き物机まで用意されていた。こんな部屋らしい部屋に泊まるのは旅に出て初めてだった。

温かなシャワーを存分に浴び、柔らかなバスタオルで身体を拭いた。ランブータンをひとつ口に入れ、すっかり生温くなったミネラルウォーターを一気に飲み干した。ふうっと息を吐き出すと肩の荷が下りたかのように全身が軽くなった。

生乾きの髪のままふたたび夕暮れの街を歩いた。冷房設備のない寂れたスーパーマーケットを歩き、ちらほらと立ちはじめた夜市の露店を眺め、目についた食堂で家族連れに混ざりながら小皿のグリーンカレーを食べた。

湿った髪が夕暮れ時の風に触れて額に落ちた。その髪をかきあげもせずに黙々とスプーンを動かし続けた。やわらかな風の中で口にする食事はそのまま心に沁みていくような優しさに満ちていた。

気持ちはすっかり穏やかなものになっていた。温かな笑顔に触れ、懐かしさに満ちた街を歩き、家族連れに混ざって食事をしたこと。頬に触れる風はどこまでも親密で優しかった。もし今日で世界が終わるのなら喜んでそれを受け入れようと、そんな気分にさえなっていた。

ふとこの街で儀式めいたことをしようかと思った。ぼくだけの、ひとりきりの。

通り沿いの小さなコンビニに立ち寄って向かい合う象のビールを二缶買い、そばの屋台で熱々の鶏レバー、手羽、ソーセージ、小イカを買った。ビニール袋に無造作に入れられたそれらは上からたっぷりとチリソースが掛けられ、生のキャベツをどっさりと添えてくれた。

部屋に戻り書き物机にそれらを並べ、目を閉じて小さく祈りの言葉を呟いた。何ひとつ信仰を持たないぼくにとって祈りの言葉に神の名前が登場することはなかった。本当の意味ではそれはもう祈りですらなかった。自分の好きなものをひとつひとつ順番に並べていくだけなのだ。

最初に青空と言った。次に雨。それから雲、欠けた月、海、砂浜、土の匂い。もう一度今度は夕焼け空と呟き、続けて、笑った顔、やさしい言葉、温かな手のひらと声に出した。そこまで言ってしまってから最後にぼくはこう付け加えた。異国で飲むビール、と。

両目を開け、既にうっすらと汗をかいた缶ビールを勢いよく喉の奥へ放り込んだ。喉をすべり落ちる苦味と炭酸が暴力的なほど心地良かった。深く、ゆっくりと息を吐き出し、もう一度ぼくは目を閉じた。

旅に出て正解だったのかもしれない。今ならこうやって自分が好きなものを並べて差し出せるのだから。

それは、ぼくにとっては大きな一歩だった。

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