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皆既日食の話~太陽・月・地球の奇跡の一致

『10年で18回』
これ、何のことかわかりますか?

実は、世界中のアマチュア天文家を虜にしている、皆既日食の発生頻度なのです。
意外と多いと感じた方もいると思います。
でも実際のところはそうでもなかったりするのです。

2009年7月22日。奇しくも世界天文年となったこの年。
インドから中国南部、そして日本の奄美諸島(トカラ列島)から硫黄島付近、そしてマーシャル諸島にかけての地域で見られる皆既日食。皆さんもニュースで耳にしたことがあるかと思います。

日本国内で観測できる皆既日食ということで盛り上がっていますが、観測可能な場所は奄美諸島のごく一部のみ。
人口数百人といった小さな島ですので、気軽に大勢の人が行ける場所ではありません。
さらに日食の条件がよい場所が太平洋上となれば、観測条件はよい日食とは本当のところでは言えないのかもしれません。

それでも、日本から近い中国は大都市上海で観測できるということで、今まで日食を見たことのない人から、日食を追いかけて文字通り世界中を飛び回る人まで、多くの人が大陸へ渡ると思われています。

さて、冒頭に上げた『10年で18回』という数値。計算上もとめられる皆既日食の発生頻度ですが、1度の皆既日食でカバーされる地球上の面積はたったの200分の1程度です。
つまり、今、皆さんがお住まいの場所で、居ながらにして皆既日食が見られるのは380年に1度ということになります。

しかも、地球上の7割は海です。
陸地にもジャングルや高地、砂漠や氷の大地、高い山々などがあることを考えると、実際に人々が出かけて行ける場所は1割程度になるのでないでしょうか。ましてや今回のように、大都市が皆既日食帯の中にあることなど、非常にまれなことなのです。
(その意味では、奄美や上海に住む人々は非常に幸運と言えます。)

さらに皆既日食は天文現象であり、晴れていなければ見ることができません。
その日その瞬間に晴れていること。いわゆる『晴天率』が重要になります。
2009年の皆既日食も台風が心配されており、中国内陸部のほうが晴天率の面で有利でないかといわれています。
(日食経験者の話では、晴れていても、太陽のあるところに小さな雲があったため見られなかったり、晴れていたのに日食直前に曇ったり(雨まで降ったり)と、晴れていても油断は出来ないのです。)
そうした条件に加えて、2009年は日食猛者たちを世界へと旅立たせるもうひとつの要素があります。
それは【皆既継続時間】です。

太陽と月、地球の距離はその公転する軌道が楕円形であるため、僅かですが互いの距離が変化します。
つまり、距離が遠くなったり近くなったりします。

前回の天文小話でも書きましたが、距離が変われば【見かけの大きさ(=視直径)】が変わります。
つまり、地球から太陽までの距離が遠く、かつ、月までの距離が近いとき、地球から見た太陽は小さく見え、月は大きく見えます。
このとき、月が太陽を隠している時間(=皆既継続時間)が長くなるのです。

2009年の皆既日食は、皆既継続時間が最大で6分を超えます。
多くの人が行くであろう中国南部でも5分30秒前後となります。

皆既継続時間は、理論上の最大値が7分半程度ですので、非常に条件がよいということになります。
ちなみに2186年7月5日の皆既日食は、皆既継続時間が最大7分26秒と、紀元前2000年から紀元後8000年の間で最も長い皆既日食といわれています。
もっとも、今これを読んでいる人がそれを見ることはできませんが…。

さて、
 皆既日食がなぜ起こるのか?
 皆既日食と金環日食の違いは何なのか?
 なぜ新月のたびに皆既日食とならないのか?
 皆既日食だけではなく、部分日食を含めて観測・観望する方法は?注意点は?
といったことは、国立天文台などの多くのホームページで公開されていますので、そちらをご覧ください。
特に、観測する上での注意点はぜひ読んでください。
観測方法を誤ると太陽は非常に明るいため、最悪の場合、失明する可能性がありますのでご注意を。

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直径1,392,000kmもある太陽を、直径わずか3,470kmの月がなぜ完全に隠すことができるのか?
僅かな条件の違いで、皆既日食と金環日食との違いが起こるのか?
そこには太陽と月、地球の大きさと距離が、奇跡的な一致を見せた結果といえるのです。

月の視直径はおおよそ0.5°です。
同じように太陽の視直系も計算して見ましょう。

 (360 × 75,000,000km) ÷ (3.14 × 696,000km) = 0.53°

となります。
僅かに太陽が大きいですが、見かけの大きさ(=視直径)はほとんど同じということわかると思います。

月と地球の距離は36万kmから40万kmの間で変化しています。
同じように太陽と地球の距離も1.47億kmから1.53億kmの間で変化しています。

つまり、月と太陽の大きさは変わりませんので、見かけの大きさ(=視直径)は距離に依存し、
遠くなれば小さく、近ければ大きくなります。

最も条件のよい皆既日食は、太陽が遠く月が小さいとき(太陽が小さく見え、月が大きく見えるとき)になります。
このときのそれぞれの視直径は、太陽が0.51°、月が0.54°となり、十分に太陽を隠すことができます。
これが皆既日食です。

逆に、太陽が近く月が遠いとき(太陽が大きく見え、月が小さく見える)、月の視直径は0.48°で太陽の視直径は0.54°
となり、太陽を隠し切ることができず、はみ出してしまいます。これが金環日食です。

※大きさの異なるコインを重ね合わせてみてください。
 大きいコインを月とした場合が皆既日食、大きいコインを太陽とした場合が金環日食になります。

そして、皆既日食・金環日食がみられるとき、その僅かな範囲(日食帯)の外側で見られる現象が部分日食になります。

太陽の大きさと地球からの距離、月の大きさと地球からの距離がちょうどいい具合にあるからこそ見ることができる皆既日食。
今では詳細な観測結果に基づく計算により、起こる日時・場所・継続時間が非常に高い精度で求められています。

しかし、文明がこれほど発達するほんの数千年前。
突如として暗くなる空、そして消える太陽。空に開いた黒い穴、それを取り囲む白く輝くコロナ。
何の前触れもなく、この皆既日食に遭遇した人々が、人知を超えた不思議な現象を神々の怒りとして恐れたのは、ごく自然のことなのかもしれません。

地球上で見ることができるもっともダイナミックで感動的な皆既日食。ぜひ一度体験してみてください。

※ここで示している計算は、いずれも近似値計算ですので、実際の観測結果や詳細な計算結果とは異なる場合がありますので、注意してください。

(この記事は以前別のblogで書いた内容を再編集したものになります)


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