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塔 月詠/2023.11

かごに傘挿して車輪を軋ませる雪の予報のあとのぬかるみ

ゆうかげも旧駅舎の骨格を抜けあなたの髪の向こうから来る

もう空のペットボトルを圧し潰す手応えと世に増える屈折

冬枯れの手指だったから絡ませるというより縋りあう肉売り場

外そうと眼鏡にかざす手のひらが覆う視界はいっときを死ぬ

ニュアンスをそろえてえらぶ絵文字その日暮れから僅かに後ろめたい


 鍵内七首、ありがとうございました。三か月ぶりの再会にそれほど悪くはないなと感じつつ、落とされた三首のことを思い出せないでいる。申し訳ない。
 この歌たちをつくったころは秋なにそれ状態の夏日が続いていて、冬のことを想像しながら唸っていた気がする。そして11月、それも気づけば過ぎ、もはや12月の年末目前になって、ここしばらくは急激な寒さに襲われている。これが東京の冬でしたね……。「日本には四季がある」なんて虚言も別軸で冗談じみてくるような、秋のない移り変わりを見せてくるようになった。四季、ずっとあってくれ。

 ざっくり言うと、四季は、地球の自転地軸が太陽公転周期の公転面垂直に対し僅かに傾いているゆえに存在する。なので北半球と南半球では季節が逆転するわけで、この12月23日のオーストラリアは初夏、日本時間14:30のメルボルンでは22℃快晴らしい。白い半袖Tシャツに薄手の赤いカーディガンを羽織っても帽子は脱がないサンタを想像する。ぼくのおもうサンタアイコンは帽子にあるらしい。確かに、🎅も帽子と髭だもんな。EMOJI。

 地軸の傾きによって四季がある、と教わったのはおそらく小学校後半くらいのことだったはずだが、当時から一度も忘れたことがない。傾きの角度、23.4°、その覚えやすさよ。マジ?
 しばしば聞くインターネット悪趣味ジョークのひとつに「水は0℃で凍って100℃で沸騰する、キリ良すぎてすごくないですか!?」という感嘆がある。無論これは逆で、水H2Oの常圧凝固点を0℃、沸点を100℃と定義したので特段すごくはないのだが、23.4°は初めて聞いたときも今も、マジ? と半ば信じられないような気持ちでいる。
 一周を360°と定義することでこの23.4°が決定づけられているので、むしろ一周を360°と定義した背後に何かカラクリがあるのでは……逆に23.4から360が導かれているような……しかし360の根拠って約数の多さっぽいよな…………23.4はイマイチ……と念のため調べてみたこともあるが、やはり360°は別に23.4°とは関係しないようだった。(360°採用根拠の一つにはやはり約数の多さも数えられるらしい)(ここまで書いて、ずっと小中あたりの解像度でこの世を生きているのではないかと少し恥ずかしくもなった。)(もっとも、私の把握する"この世"は私の体感しうる範囲のことっぽいのでトートロジーじみている)

 僅か23.4°の傾きでこの世には四季があり、月日の流れに沿って陽の傾きは変わり、日の長さは変わり、また返ってくる。繰り返すばかりの生活のようでもすこしずつ変わっていることを、でもそのすこしずつの変化すら大きな不変のなかの僅かであることを感じられる。
 もう昨日で今年の冬至も過ぎ、今日からはまた夜が短くなっていく。良いお年をお過ごしください。

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