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自家製ブイヨンとルーで驚くほどおいしく手軽につくれるビーフシチュー

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。22回目のテーマは『ビーフシチュー』です。時間のかかる料理だからこそ、焦がすことなく肉をやわらかく煮込む方法や、ルーがダマにならないコツ、煮る時の火加減まで、おいしく仕上げる方法を丁寧にお伝えします。

今日のテーマは一口食べるだけで温まるビーフシチューです。

ビーフシチューは日本独特の料理で、味の決め手はデミグラスソース。洋食の味の礎であるデミグラスソースを本格的に作ろうと思うと、最低2日はかかります。

まず最初は、焼いた牛骨や鶏ガラ、香味野菜などを8時間以上煮込み、スープを作ります。もっと美味しくするためにこうして仕込んだスープにもう一度、同じ材料を入れ、同じ時間、煮込む場合もあります。

翌日、そのスープに小麦粉と牛脂を炒めたルーとトマトペーストなどを加え、牛肉なども足してさらに煮込みます。店によってはここで果物を加え、甘みを出しているところもありますが、お店で注文すると出てくるビーフシチューはこの時に煮込んだ牛肉を利用したもの。つまり、ビーフシチューのお肉はデミグラスソースの副産物というわけです。牛肉がやわらかくなったらとりだし、それから濾しては煮詰める作業を何度か繰り返してようやく出来上がるのがデミグラスソースです。

たくさんの材料を使い、時間も手間もかかって家庭でつくるとなると難しいので、今回は缶詰の市販品をベースにした簡略化した作り方をご紹介します。デミグラスソースの豊かな味は牛の出汁とメイラード反応が生み出す茶色の味です。市販のデミグラスソースの風味はやや物足りない部分もありますが、牛肉からスープをとり、丁寧につくった褐色のルーを混ぜることで充分に補うことができます。

とろけるお肉のビーフシチュー

材料(2人前〜4人前)

水 1.2L
牛スネ肉 400g〜500g(または牛バラ肉 シチュー用として売られている部位 切られているものでも可)
玉ねぎ 1個(140g〜160g)
にんじん 1本

バター 50g
小麦粉 50g(薄力粉)
赤ワイン     100cc
トマトピューレ  100g
デミグラスソース 1缶(市販品 290g)
醤油     大さじ1+1/2
みりん    大さじ1
胡椒    好みで

じゃがいも  2個
インゲン   30g

1.牛肉のブイヨンをつくる。大きな鍋に水1.2l、牛スネ肉、皮を剥いた玉ねぎとニンジンを入れ、強火にかける。沸騰してきたら弱火に落として5cmの厚さに切った牛スネ肉がやわらかくなるまで3時間程度煮る。(バラ肉なら1時間半が目安)

* コラーゲンの軟化について
デミグラスソースの缶詰の後ろに書かれているビーフシチューの作り方は、肉と野菜を炒めたところに赤ワインと水、缶詰を加えて煮込むというもの。
 このレシピには弱点があって、水分の調整がしづらく、とろみがついた液体で煮込むので焦げるリスクが高いことです。焦げないようにすると結果として煮込み時間がとれずに、肉によっては硬い仕上がりになってしまうことも。

そこで今回はまず牛肉を煮込んで、スープをとることにしました。この方法なら水が少なくなってきたら単純に足すだけでいいからです。
 なお、レシピの表記ではニンジン1本となっていますが、スーパーで売られているニンジン1本の重さは150g〜200gです。今回のニンジンは時期的に小ぶりだったので本数がレシピ表記より多いですが、これで160g程度です。

煮ているあいだはテレビを見たり、本を読んだりしてもいいですが、時々、様子を見て、肉が水に浸かっている状態を維持しましょう。あくまで弱火でコトコトと。フランスではこの状態を「スープが微笑むように煮る」と表現したりします。ぶくぶく沸騰させるのではなく、ふつふつとしたおだやかな状態です。強火で煮ると肉がパサパサになってしまいます。

ビーフシチューのポイントは牛肉の煮え加減。

写真は今回使用したスネ肉ですが、中央に黒っぽい筋が入っているのがわかるでしょうか。これがコラーゲンです。

ステーキのときは筋=コラーゲンの少ない部位を高温、短時間の加熱で筋繊維に水分を残した状態で加熱しました。しかし、牛スネ肉やバラ肉を同じようにステーキにしても硬くて食べられません。体重がかかる部位には身体を支える筋が多いからです。

しかし、こうした部位は長時間煮込むことで、やわらかくなります。肉の結合組織であるコラーゲンは70℃付近でほどけて、ゼラチンに変わります。ほぐれた筋繊維(赤い部分)の隙間にゼラチンがあることで、噛むとジューシーに感じるのです。

煮込むときに蓋をしなければ気化熱によって水面が冷やされ、ゆっくりと煮ることができます。肉の温度を徐々に上げることで、結合組織が弱まり、水分が失われてしまうような高温にさらされずに済むので、しっとりするのです。

さて、肉は何時間煮込めばいいのでしょうか? 肉の加熱時間はコラーゲンの量によって決まるので、レシピには書きづらい部分です。

時々、シチュー用として「バラ肉、スネ肉」が混ざった状態で売られていますが、バラ肉よりもすね肉のほうがコラーゲンの量が多く、加熱時間が余分にかかるので、この場合の加熱時間は長い方にあわせるのがいいでしょう。逆にいえば煮込む時間がとれない場合は、バラ肉を選ぶのが賢い選択。

また、加熱時間は肉の最大の厚さの二乗に比例する(4cm厚の肉は2cm厚の肉と比べると4倍の加熱時間がかかるということ)ため、小さく切れば煮る時間を短縮することもできます。しかし、ビーフシチューは肉の存在感もごちそう。あまり小さく切るのは少しさみしいかもしれません。

2.串がすっと刺さるくらいになればできあがり。そのまま冷ましてから、肉と野菜を取り出し、好みの大きさに切る。

* ここまででもポトフという立派な料理
肉がやわらかくなったことをチェック。串を刺していますが端をちょっと切って食べてみてもいいでしょう。この状態ではポトフという料理です。

今日はビーフシチューにするので、肉をとりだして写真を参考に切っておいてください。この時、残った煮汁がいわゆるブイヨン(牛の出汁)です。今回はシチューにしますが、様々な料理に使えます。

3.並行してソースをつくる。厚手の鍋に小麦粉50gとバター50gを入れ、弱火にかけて混ぜながらゆっくりと加熱していく。目安は10分。色がついたら火を止めて5分、冷ます。

* ブラウンルーの作り方
いよいよ、ソース作りです。小麦粉とバターを炒めたものをルーと呼びますが、昔ながらの洋食のレシピではバターではなく牛のケンネ脂(腎臓の周りを覆っている脂)を使うパターンもあるようです。

牛乳を使ったホワイトソースの場合はルーを色づけないように炒めますが、ブラウンルーは弱火でじっくりと加熱して色をつけていきます。

5分経過した状態です。ブラウンルーをつくるときのポイントは色を重ねていくイメージで、ゆっくりと加熱すること。老舗の洋食店などでは加熱する→冷ます、また加熱する……という工程を10日間以上繰り返し、褐色のルーを作っているところもあります。小麦粉とバターを加熱すると、小麦粉に含まれるタンパク質がメイラード反応を起こし、香ばしい風味が出ます。これがビーフシチューの味のベースになります。

これで10分経過した状態。煙がうっすらと立ち、クッキーのような香りがしてくるはずです。色の目安はチョコレート色。この状態まで加熱をしたら火を止めて、混ぜながら5分間温度を下げます。そのあいだにも色が少し濃くなるはずです。

4.3のソースに赤ワイン100ccを注ぎ、木べらで混ぜる。均一になったら1のブイヨン400ccを少しずつ注ぎ、さらに混ぜる。

* ルーがダマにならないコツ
はじめは赤ワインとルーが分離した状態ですが、火を止めた状態で混ぜつづけていれば均一になります。

ホワイトソースやブラウンソースを作るとき、ダマができてしまう失敗はなぜ起こるのでしょうか?

ダマは小麦粉に含まれるタンパク質の一部が水を吸って粘り、集合体となり、混ぜ合わせている液体の表面で固まってしまったもの。こうなってしまったら熱しても、ダマの外側が加熱されるだけなので溶けてくれません。

ダマを防ぐにはあらかじめこのタンパク質の粒を分散させておく必要があります。ここではバターと小麦粉を混ぜ合わせて加熱し、そこに液体を加えてよく混ぜることで、分散した状態をつくっています。

ブイヨンを加えてからもよく混ぜることで、小麦粉の粒が分散した状態になりました。この状態になってから加熱をすれば、ダマになることはありません。ここではブイヨンを400cc使っていますが、残ったものはスープなどに使いましょう。(余ったら冷凍もできます)

5.均一になったらデミグラスソースの缶詰290g、トマトピューレ100g、醤油大さじ1と1/2、みりん大さじ1を加え、さらに混ぜる。中火にかけて、さらに混ぜながら加熱する。沸騰してきたら弱火に落として、10分間煮る。

* 弱火でコトコト煮る意味
かき混ぜながら沸騰させることで、ソースにとろみがつきます。その後、弱火でコトコト煮ることでデンプンがより水分を吸い込むので、いわゆる「粉くささ」が消えます。

6.2でとっておいた牛肉と野菜を加えて、弱火でさらに煮る。牛肉がしっかりと温まったら出来上がり。付け合せには塩茹でしたじゃがいもとインゲン(またはブロッコリー)を添え、好みで胡椒を振る。

* 一晩寝かせるとさらにおいしく
この状態で一晩寝かせることで粉っぽさが完全に消え、本当のおいしさが味わえます。本当は作った日に食べられるレシピがいいのでしょうが、デンプンの粒子が完全に水分を吸った状態になるのには時間がかかるのです。せっかくここまで時間をかけたレシピです。ここはぜひ、一晩寝かせてから味わってほしいところ。

ビーフシチューは時間がかかる料理で、外で食べると高い訳がよくわかります。しかし、手間はそれほどかかりません。最大のメリットは外食するよりも安く仕上がること。奮発していい肉(今回は黒毛和牛のスネ肉を使っています)を使えば、ソースはともかく肉自体は外で食べるよりもおいしくつくることもできます。

材料表で2人前〜4人前としていますが、じゃがいもの量を増やすことで4人前くらいは充分できます。休日の時間があるときに腕まくりして作っておき、半分を冷凍しておくのもいいでしょう。

ただ、じゃがいもは冷凍できないので注意。じゃがいもを入れるとシチューが痛みやすくなりますし、ソースの味も悪くなるので、別に茹でて添えるのがポイントです。

ビーフシチューはたしかに時間がかかる料理ですが、煮込んでいるあいだに流れる時間を楽しく過ごすことも、料理のおいしさの秘密だと思います。

【おまけ】付け合せのじゃがいも

付け合せのじゃがいもは天と地を落とし、皮を剥いてから縦4つに切り、塩を入れた水で串が刺さるまで茹でました。じゃがいもの皮の剥き方はnoteで紹介しているので、よければ参考にしてみてください。沸騰したら弱火に落として静かに煮るのが煮崩れしないポイントです。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!