美味しいしらすを探して三浦半島は佐島「山茂丸」へ

しらすをごはんの上にドバッとのせて口一杯に頬張って食べる美味しさはたまらないですよね。湘南のしらす漁が3月11日解禁になります。ある研究では気候や海洋環境が数十年単位で変化する為、魚の数も周期的に変動するそうです。レジーム・シフトと呼ばれるその周期性からすると今年はまだしらすはとれない時期なのだそうですが、しらす漁解禁のニュースをみると2012年の春にしらす漁を取材したことが思い出されます。今日はそんな話しです。上には動画(2012年にYahoo!きっず食育・レシピに掲載用。制作は服部栄養専門学校)、下は取材メモです。

しらすで格別に美味しいのがあると方々から教えられて、日の出前に三浦半島は佐島港に向かった。会いに行ったのは山茂丸の岩崎さん。この道50年の大ベテランだ。

しらすはイワシの稚魚。マイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシのそれぞれの稚魚が、それぞれしらす。

マイワシの産卵は年に1回。カタクチイワシは年に複数回で、海の中にカタクチイワシが少なくなると、それをどうやって知るのかわからないけど、産卵して殖すのだそうだ。だから春・夏・秋とまたがってしらすが穫れるという(※1)。(現在希少なのはこのカタクチイワシ。レジームシフトが原因だ)

イワシの産卵は黒潮の脇あたりで、そこで孵化したしらすが潮に流されて漂着するように相模湾に入ってくる(※2)。相模湾でコペポーダ(copepoda)という動物性プランクトンのケンミジンコ(※3)を食べて大きくなっていく。これを支えるのは河川の流れ込みで、河川が汚れたり護岸されて湾への流れ込みの力がかわると、小さいしらすは影響を受けやすいらしい。岩崎さん自身も、1960年代に海が酷く汚れていた時期はしらすが穫れなかったと振り返って、山林の海に与える影響は大きいとと言っていた。

今、湾を汚しているのは工場排水より生活排水のはず。そのインパクトはどうなのか気になった。

一緒に漁船にのせていただいて、しらす漁を見学させてもらった。

しらすが穫れるいくつかのポイントを巡りながら漁船に搭載されたレーダーを睨む。しらすは群れで移動するので、その群れを探す。仮に群れがいてもすぐに漁はできない。しらすもなかなかの知恵モノで、養殖池の下や灯台のふもと、海の浅くなった地の場所など、網を打てない場所にいることがあるからだ。しかし水温や潮位の変化で群れが移動することがある。漁をするのはその瞬間。しかし思いのほかしらすの動きは速い。最初にレーダーで捕まえても、捕捉するためにぐるりと船を一周させる頃にはかなり離れた場所に移動してレーダーから外れてしまう。レーダーがあれば簡単だろうと思いきや意外にも難しい。

岩崎さんがしらす漁に出るようになった頃はレーダーなどなかったので、当時は岩や灯台や建物などを目印に、風や水温などを観察しながらあたりをつけて網を打っていたということだった。今もレーダーの力はすごいけれど、自然を観察する力がなければ広い湾のなかであたりもつけられないことだろう。

そうやってぐるぐると数カ所を巡回していく。無線では他のしらす漁の船の情報が入ってくる。どうも取材の日はまだ水温が高くなっていないらしい。本来は18度くらいが適温らしいが、船の水温計をみると14.6度だった。他の船があきらめて陸に上がると言っている声が無線機から聞こえてくる。しかし岩崎さんはあきらめる様子がない。私が取材に来ているからかと思うとなんだか心苦しいが、一方で、この道で50年食べている勝負師のカンがそうさせないのかなとも思う。実際、この日の午前中にしらすの群れを何度も捕まえていたから。

しらす漁は、船1艘でやる場合と2艘でやる方法とあるらしい。岩崎さんは1艘で仕事をする。レーダーで群れをとらえてその動きを捕捉したら、すぐさま網を打つ。網は200mくらいの幅があるもので、これの右端のピンク色の浮きを海に投げる。船はしらすの群れを囲むように円を描いて走る。結構なスピードだ。その間、船尾に積まれた網は海にどんどん引き込まれて行く。一周した船は最初に打ち込んだ右端を拾い上げる。これで囲い込みが完了。その後、じわじわと網を船に引き上げながらしらすを網の奥へ奥へと追い込んで行く。追い込まれたしらすの群れは最奥にある、もっとも目の細かい網に捕まえられる。この時点で網はほぼすべて船に巻き取られている状態。あとはしらすを引っぱりあげる。

最盛期は一度に大きな樽4杯分くらいのしらすが穫れる(※4)のだという。今回は4回引き上げて1樽分だった。まずまずらしい。

しらすを捕まえる網は、3段階で編み目が細かくなっていくもので、また形状も最奥に向かうにしたがって徐々に細くなっている構造。いまは専用のメーカーが製造しているそうだが、岩崎さんは網を手作りしていた。昔からずっと手作りしていたからだと笑うが、網の形状、縫い目の場所など、自分の漁の仕方に一番あったものは自分の
手でしか作れないとさりげなくつぶやいていたのは聞き逃せない。見せていただいた網は、イメージの形状をつくるために仮位置を示す印が何カ所も打たれていて、相当なこだわりが感じられた。

さて水揚げされたしらすは、透明がかったチタン色で実に不思議な色合い。小気味良く跳ねる。跳ねる。

さあここから食べろと言われて手をスコップのようにして、跳ねるしらすをざっくりとすくいあげて、そのまま口に流し込むと海のおいしい汁が、まあ、本当にほとばしるという感じ。そして甘い。穏やかで控えめで可憐な甘さが口の中を踊るようだ。穏やかで控えめで可憐な甘さは、ちょうど桜のようだし、春野菜のようにも感じる。岩崎さんも春のしらすと夏のそれとは違う味だと言うから、夏も食べ比べたらわかるのかもしれない。

漁船でじっくりしらすを食べているゆとりはない。すぐさま樽の中に移されたしらすに、鮮度を保つための氷が大量に入れられる。氷を入れた樽をスコップでムラなく撹拌し、次の漁の準備にとりかかる。これを繰り返して行くのだ。

昼が近くなってきた時(この日5時半から出発して11時頃)、海上に水鳥が集まっている場所があった。すかさず岩崎さんがその場所に漁船を走らせる。鳥の集まっている位置の真下あたりをレーダーで確かめると、見事にしらすの群れがあった。間髪入れずに網を打ち込んで行く。そして見事にしらすの群れを捕まえた。知識と経験と知恵とカンと行動力の総合力がないとこの仕事はできない。取材の合間に岩崎さんは「俺は馬鹿だから漁師になったんだよ。勉強できないから学校にもいけなかった」と笑っていたが、いやいや、この仕事は常人程度の頭の良さではつとまらない。

漁が終わって水揚げしてからも仕事は終わらない。コーヒーをすすって一息ついたら、すぐさましらすの手当てがはじまる。樽をあけて水洗いをする。海中のゴミや不純物を洗い流し、食中毒菌の腸炎ビブリオを洗浄するためだ。しかしここにも一工夫があった、しらすを洗浄する水をちゃんと作るのだ。洗浄水は特別にタンクのなかに貯水されていて、タンク内には氷が大量に入っている。これを巨大なミキサーで撹拌して温度を一定にしていく、同時にこのタンク内の水は一定の塩分濃度に調整されていて、その濃度は電子的に厳密に管理されていた。これがマル秘ポイント。

この洗浄水は、しらすを食品衛生的に安全を保ちながら、しらすの美味しさを最大限にする方法を水産試験場と研究を重ねた結果、到達した組み合わせで、きちんとこの
方法を実践していると、しらすを高いレベルで手当てできるということだった。実際に取り組んでいる漁師はそれほどいるわけではないらしい。たしかに機材を見ると、導入に尻込みする人がいるのもわかる気がするし、それだけに岩崎さんの熱意にはただただ感服するしかない。

洗った直後のしらすをそのまま食べてみた。するとしらすの身がひきしまって、味もぐんと透明度がましている。漁船の上でほおばったときの甘さは薄らいでいるものの、つるりと引き締まった食感とぷりぷりした歯ごたえ、潮の味があらわれた分だけ逆に魚体の澄んだ味がはっきりとわかるようになっていた。これが岩崎さんが生しらすを出す最終的な品質だという。料理店は仕入れたこのしらすをさらに真水で洗浄して腸炎ビブリオを除去してから、味を仕上げてもらうのだと言う。

岩崎さんの研究はここにとどまらない。どういう味付けでどんな料理にすると美味しくなるのか、様々な料理人と交流をはかりながら情報交換をしているようで、調理法にも精通している。この日に教わったのはしらすのコンフィ。魚を美味しくというと、すぐ「素材のまま」と思いがちだが、私が知るわずかな知識では漁師はあまり刺身を食べない、酢をあてたり(※5)、軽くあぶったりする。岩崎さんも同じかわからないが「半熟しらす」が旨いのだと、実際に店のキッチンで作りながら教えてくれた。実際、半熟で食べると海で食べたときの甘みが戻っている感じだった。タンパク質の凝固で美味しさを感じやすくなったのかもしれない。

魚が美味しいというのは、海の力だけでもない近海なら山や里の影響が大きい。しかし産地だけのことでもない。岩崎さんのように、網を工夫し、水揚げしたあとの手当てを徹底的に研究し、実践し、調理方法を考案し、そしてそこに集まってくるおいしいしらすを食べたい客と交流しつづけていく、そのすべての積み重ねの上に奇跡的になりたっているんじゃないか。

「しらすは人間だけじゃなく、湾に集まる様々な生き物に食べられる。食べられ「しらすは人間だけじゃなく、湾に集まる様々な生き物に食べられる。食べられるために生まれているんじゃないかと思える」るために生まれているんじゃないかと思える」と岩崎さんは話していた。相模湾にどれだけのしらすがいるのかわからないが、天文学的な数だろう。

そのなかで、それぞれいわしに成長するしらすはラッキーかもしれないけれど、岩崎さんと出会ったしらすもラッキーなんじゃないか。おいしいしらすを頬張りながら、おいしいことは普通のようで奇跡的だと思う。

さて冒頭で紹介したレジームシフトの研究とは別の研究で、イワシの増減が100年周期だという話しもある。その研究によれば今世紀半ば頃が増加のピークなんだそうだ。これから美味しいしらすが増えてくる可能性もしっかりあるんだという希望が、今年のしらすをまた美味しくする。

※1)聞き落としたけど、マイワシの産卵が1回ならマイワシのシラスが穫れるのも年1回のシーズンじゃないか。そのときだけはマイワシ入りのしらすになるっていうことだろうか。何か味が違うのか?

※2)2012は黒潮が海岸から遠いらしく、漂着に時間がかかった関係からしらすの魚体が大きめになっているらしい。

※3)甲殻類系のプランクトンなので、これをたっぷり食べていると内蔵が赤くみえる。昔は「腹赤」と言って嫌われたらしいが、現代ではこれが美味しい証拠だと珍重されているらしい。

※4)船に設置されているクレーンで引き上げている写真があった。すごい。目撃したかった。。。次回!

※5)三陸からずっと南に下った油の抜けたさんまを、漁師は皮を棒むきにしてどっさり大皿に積み上げて、酢を入れた椀を片手に、酢でさんまを洗って食べるという「さんまの酢洗い」という話しを聞いたことがある。ダイナミックな食べ方とは別に意図的にたんぱく質を酸によって凝固させて食べることを経験的に知っているんだなあとすごく関心したことが最近あった。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!