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熊本県の南、多良木町にある那須酒造場を見学してきました

球磨焼酎という単語、聞いたことありますか? 球磨と書いて「くま」と読みますが、僕は正直「聞いたことはある気もするけど……」くらいの感覚で、まったくの無知でした。現地でいただいたパンフレットに

という具合に自分の知っている蔵元(or 焼酎)がいくつかあって「あれって球磨焼酎だったのか」と気づくような始末です。白状すると僕は焼酎にまったく詳しくないので、まったくの初歩の初歩からまとめていきます。ご存知の方もここは一つ復習してください。(すみません)(間違い等あればご教授いただければ幸いです)

はじめに焼酎は乙類と甲類にわかれます。甲類は一般的に糖蜜や酒粕を発酵させたものを連続式蒸留という方法で蒸留し、それを水で薄めたもので、甲類にも個性的なものがありますが、基本的にはプレーンな味です。ホワイトリカーとして売られている甲類焼酎は割材になったり、果実酒の原材料として使います。

一方の乙類は米、麦などを原料とし、単式蒸留器で蒸留したもの。一回しか蒸留しないので、素材の風味が残ります。今回の話は主にこちらの焼酎についてです。

乙類でもさらに「もろみ取り焼酎」と「粕取り焼酎」にわかれます。米麹か麦麹に水と酵母を加えて発酵させてもろみ(一次もろみ)をつくり、そこに主原料(蒸した米、麦、甘藷、ソバなど)を加えた、さらに発酵させます。そうしたところを蒸留してつくったものがもろみ取り焼酎です。一方、日本酒を絞ったあとの酒粕を蒸留してつくったのが粕取り焼酎。あまり店頭では見かけませんが、北九州を中心に製造されており、個性的な味が魅力だそう。こちらは伝統的なみりんづくりに欠かせない焼酎ですね。今回の米焼酎は前者の「もろみ取り焼酎」に該当します。

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この球磨焼酎。沖縄の泡盛と間違えられることもある(琉球の球という感じが入っているからでしょう)という話も聞きましたが、産地は熊本の南、熊本県球磨郡及び人吉市。焼酎にはさつまいもを原料とした芋焼酎やそばを原料とした蕎麦焼酎など色々なタイプがありますが、こちらでは米焼酎がつくられています。農林水産省の地理的表示制度(GI)に登録されている焼酎の一つです。

えーと、この「GI制度」。前にカクキューさんを取材したときにも説明しましたが、農林水産物や食品が、産地の伝統的製法や現地の風土に起因した特性がある場合、地名を冠した地域ブランドとして保護するもの。

球磨焼酎の定義は

原料
1 米は国内産米のみを使用していること
2 こうじは国内産米から製造された米こうじのみを使用していること
3 熊本県球磨郡又は同県人吉市内で採水した水のみを使用していること

製法等として

1 熊本県球磨郡又は同県人吉市内で発酵、蒸留、貯蔵及び容器詰めが行われ
ていること
2 米、米こうじ及び水又は米こうじ及び水を原料として発酵させたもろみを、
単式蒸留機をもって蒸留したものであること ただし、米こうじ及び水を原料としたもろみについては、その一次もろみに米こうじ及び水を加えて更に発酵させたものに限る

としています。球磨郡は九州地方としては冬季の平均気温が低い=寒暖差も大きいので、米作りに適した土地。実際、九州のお米食味コンクールでも多良木町の米が三年連続で一位に輝いています。豊富に米が入手できる、という環境が米焼酎づくりに有利だったのでしょう。

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さて、球磨焼酎を製造している蔵元はそれぞれ個性的ですが、今回訪れたのは那須酒造場さん。家族経営の小さな蔵元さんです。少量生産ですが、高い評価を受けている焼酎蔵です。

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4代目の那須雄介専務に案内していただきました。

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建物からのぞめるのはすぐ田んぼ。すごく気持ちのいい景色です。

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さて、米焼酎。どのように作るのでしょうか。まず原料となる米を洗います。那須さんの話では那須酒造では「地元の米(品種としてはヒノヒカリを中心ににこまるなどの場合も)を使っている」とのこと。そう、さきほどの定義を思い出してください。球磨焼酎の定義は「国産米」なので、地元に限らないのでしょう。

使用している道具は昔ながらの木桶。それに木材を組み合わせた道具で米を洗います。日本酒と違って精白(米の表面を削る)作業はしません。削ると味が弱くなるそうです。洗ったら、さきほどの写真にあるザルで水切り。

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その米を蒸して、麹を作ります。

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昔ながらの麹室。雰囲気があります。おっ、昔ながらのもろぶたが並んでいました。日本酒の蔵と同様です。

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麹づくりには主に白麹が使われます。白麹は黒麹が突然変異(アルビノ)から選抜したもので、暑さに強く、クエン酸を出すのが特徴です。ちなみに日本酒づくりに使われる麹は黄麹で、このあたりの説明については今後「発酵ラボ」の方でするので今回は省略。麹は米のデンプンを糖に変え、それを原料に酵母がアルコールを作ります。酵母は球磨焼酎オリジナルのものがあるそう。

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麹と水をあわせて一次もろみをつくり、次いで主原料(この場合は米)を足して二次もろみを仕込んでいきます。ちなみに琉球焼酎と呼ばれる沖縄の泡盛ははじめからすべてを発酵させます(全麹仕込み)。また、泡盛はタイ米+黒麹という点にも違いが。材料や作り方によって味に違いが出るんですね。ややこしいですが、ハマる人がいるのもわかります。瓶が地中に埋まっているのは焼酎独特の景色ですが、こうして見ると作り方の原理はほぼ日本酒と同様。ここまででわかると思いますが、非常に手間ひまがかかっています。

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それを蒸留すれば出来上がり……というわけではありません。単式蒸留にも方法が二種類あります。「常圧蒸留」と「減圧蒸留」です。

常圧蒸留は従来の蒸留方法で、85℃〜95℃で蒸留します。一方の減圧蒸留は空気を抜いて気圧を下げることで低温で蒸留します。低温で蒸留することで、香りがよく飲みやすい焼酎になります。一方、温度が低いので、風味の一部は取り出せないので、マイルドですっきりとした味わいになります。こちらは1970年代以降に広まった蒸留方法です。味としては例えは悪いかもしれませんが、ジンとウォッカくらい違います。別の種類のお酒、という印象。

「常圧は癖が強いっていわれるんですけど、旨味はやっぱり強いんですね。焼酎ブームの頃に減圧蒸留が流行って、常圧で仕込んでいるところは減りました。ただ、減圧は味の要素が少ないので、どこも似たり寄ったりの味になる傾向がある。そのため、うちでは常圧を中心に仕込んでいます」

とのことです。

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で、蒸留すれば出来上がり……というわけではやっぱりありません。減圧蒸留では半年、常圧蒸留では3年以上熟成させてはじめて製品としての焼酎になるのです。焼酎自体は1ヶ月で醸せますが、それほど長い熟成期間が必要とは驚きです。

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焼酎には原料に由来する油が浮きます。これを取り除く作業が「油とり」です。濾過をしたり、表面に浮いた油を取り除くことで、特有の匂いを減らし、焼酎としての完成度を上げます。かといってとりのぞきすぎると味やコクも少なくなるので、このあたりにも濾過などの技術が必要とされるよう。

この油の匂いを嗅ぐと、昔の焼酎はもっと臭かった、と年配の方がよく仰る意味がよくわかりました。昔は常圧蒸留が主流の上、油取りの技術が今ほどではないので、風味が強かったのでしょう。

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常圧蒸留と減圧蒸留のものを比較すると、常圧蒸留の豊かな味わいに驚きます。どんな匂いか、というと甘酒の上澄みのそれにちょっと通じるものがあります。炊いた米のフレーバーです。昔から「焼酎は料理とあう」といいますが、個人的には「蒸留酒は邪魔をしないだけであうとは言えないのでは」と思っていました。しかし、その認識は間違っていたな、と。白いご飯が料理とあうようにたしかに「焼酎は料理とあう」のです。

「毎日、飲んでも飲み飽きない味を目指しているんですよね」

と那須さんは言います。なるほど、ご飯は毎日食べても飽きません。それとすごく似ています。ご飯は味がないわけではなく、受け止める懐が広いのです。とここまで考えてみると、日本酒と比較すると焼酎の価格の安さが気になります。

手間暇の割に安価なのは、焼酎がもともと大衆酒として安めの酒税が設定されていることも関係していますが、理由はそれだけではなく、飲み手が持っている「焼酎は安いもの」というイメージが大きそうです。ともあれ、これから焼酎をもう少し飲んでみようと思いましたし、買うときは裏のラベルをよく読んで、じっくり味わってみよう、と反省しました。勉強しないとわからないことってありますね。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!