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小話『アントニーとパトリックの休日』

とある休日のこと。

アントニーはパトリックと自室でのんびりとお茶を楽しんでいた。
診療所を出奔してからというもの自由気ままに行動しているとはいえ、ジェイドに世話になっている以上、“彼の厄介な仕事”に携わらなくてはいけない。ジェイドの強面を見続けているとストレスがたまる。なので、何処か気の抜けたパトリックと話すと心の底からリラックスできるのだ。

「アントニーもジェイドを頼ったのが運の尽きってことさ。上から沢山仕事を言い付けられて、昼間はぬいぐるみ屋を隠れ蓑にしているものの、夜は本職の作業だからさ」
「ジェイドもね、あの人は貧乏性なんだよね。常に何かしてないといられないんだ」
「同感。もうちょっと、砂糖入れてくれるか」
「いいよ」

そう言うと、アントニーはパトリックのコーヒーの中に角砂糖十個を放り込んだ。アントニーに負けず劣らずパトリックも甘党だ。二人で飲むコーヒーは、とんでもない量の角砂糖とミルクを入れるので、時折同席するジェイドが「胸がおかしくなりそうだ」というぐらいだった。

「そう言えば、店のスタッフの女の子が、ジェイドに女がいるのじゃないかと勘繰っていたねぇ」
「ジェイドに女? ある訳ないだろ、あの堅物に。もしそんな気配を感じたとしたらeveじゃないのか? 」
「私もそう思ったんだよね」
「あいつがeveを拾って、もうどれだけ経つか。ジェイドがまさか人間じゃないとは思ってもいないくせに、喋くる俺や猫のララを受け入れているっていう変わった女だが」
「どこかの国の令嬢だったかい? 屋敷を強盗に襲撃されて一家皆殺しされたところを、赤ん坊だったから難を免れたっていう子だったはずだよね」
「記憶の細かいところはジェイドが操作しているからな、アントニーとは最近知り合ったと思ってるし、過去の話をばらすんじゃないぞ」
「もちろん」

ジェイドがある日突然、人間の赤ちゃんを拾って来た時は、流石のアントニーも驚いた。赤ちゃんだったeveを診察したのは自分なのだが、凄惨な襲撃のなかでよく生き残ったものだと無邪気に笑う彼女を見た時に思ったものだ。

「eveはいつでもジェイドの秘蔵っ子だよ。引っ込み思案で引きこもりだから心配しているんだけど、まぁ、容易に俺たちのことを話されても困るから、あれで良いんだけど」
「確かにね、兄に次いで、知り合いの私まで人間じゃないと知ったら、流石のあの子も卒倒するよね」

アントニーは強面ジェイドが真綿に包んで大切に育てている“妹”のeveのことを思った。兄の本業なんてまったく知らないだろう。まさか、“上”に命令されて、地球で起こっている様々な事件を治めているとは、思いもしていないはずだ。

「そんなことより、最近、eveに知り合いができたらしい」
「人間のかい? 」

最初にそこを確認してしまうのが、自分でもおかしいけど、とアントニーは思った。

「どうやら人間みたいだ。漢方薬局に勤めている薬剤師の男みたいで、行き倒れたところを助けたとか言っていたがな」
「漢方薬局? また、変わった職業の人と知り合ったねぇ」
「行き倒れてたっていうのも、誰か人を探していたらしいんだけどさ。女を口説く時の言葉かもいしれないから気をつけろと言ったら、ララが『そんな感じの子じゃないかった』と言っていたから、まぁ、大丈夫だと思うけどさ」
「漢方薬局ねぇ」

アントニーは殆どコーヒーだった気配すら感じないベージュの液体を飲みながら、診療所のことが少しだけ心配になった。ちょっと留守する予定だったが、ジェイドの仕事を手伝うことになったから、もうちょっとだけ不在にする。それまで診療所を潰さないでくれよ思いつつ、何故かお小言ばかり言っていた利発で頼もしい最後の弟子ヨウランのことを思い浮かべた。


(続)

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ジェイドの地球任務の経緯は有料小説『毒犬ジェイド』シリーズよりご覧いただけたら幸いです。


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