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法政大学懸賞論文事件

こんにちは。

 今日は、懸賞論文の著作権が問題となった東京高判平成3年12月19日を紹介したいと思います。


1 どんな事件だったのか

  法政大学に通う中澤氏は、「過疎地域青年のUターン行動と生活意識の変容」という論文を書き、法政大学の懸賞論文選考で、優秀賞を授与されました。この論文は、後に法政大学が発行する「法政」に掲載されて、出版されたのですが、その際に、中澤氏の承諾なしに53か所が変更されたり、削除されたりしていました。そのため中澤氏は、同一性保持権の侵害を理由に、法政大学に対して220万円の損賠賠償を求めて提訴しました。

2 東京高等裁判所の判決

 中澤氏は昭和58年1月20日に開催された第5回法政大学懸賞論文授賞式及び受賞祝賀会において、右懸賞論文の事務を担当していた同大学学務部学務課職員の澤田から本件論文を本件雑誌へ掲載することになった旨の申入れを受けたのに対して何らの異議を述べていない上、その後、本件論文の本件雑誌への掲載を前提とした内容の書簡を法政大学宛に送付していることからすると、中澤氏は、前記の受賞祝賀会の席における澤田からの論文掲載の申入れに対して、黙示の承諾をしたものと推認するのが相当というべきである。中澤氏は、前記澤田との話においては、掲載許諾において通常は必ず同意されるところの校正のスケジュール等に関する内容などの事項は全くなく、ただ前記澤田からの一方的な申入れがあったにすぎないと主張するが、かかる内容が確定されなければ掲載許諾の合意が成立し得ないものとは解されないから、右主張は採用できないし、中澤氏は前記受賞祝賀会における掲載許諾を前提とした書簡を法政大学に送付していることは前述のとおりである以上、前記澤田からの一方的な申入れがあったにすぎないとすることはできず、中澤氏の前記主張は採用できない。
 著作権法は、著作物は、著作者の人格の反映であることから、前述のように、著作者の意に反する著作物に対する変更、切除、改変等の行為を禁止し、著作物の同 一性を保持することにより著作者の人格権の保護を図っているものである。しかしながら、他方、かかる同一性保持権を厳格に貫いた場合には当該著作物の利用上支障が生じ、かつ、著作権者においても同一性保持権に対する侵害を受忍するのが相当であると認められる場合については、同条二項において、著作権者の意思に係らしめず、その同意を得ることなく変更、切除、改変等の行為が許容される例外的場合を規定しているところである。これによれば、同項一号においては、用字、用語等において多くの教育的配慮が要請される教科用図書、すなわち、小学校、中学校 又は高等学校その他これらに準ずる学校における教育の用に供される検定済図書等に著作物を利用する場合及び著作物を学校向けの放送番組において放送する場合又 は当該放送番組用の教材に掲載する場合を、同項二号においては、主として居住という実用的目的に供される建築物の増築、改築、修繕又は模様替えの場合を、それぞれ規定しているところである。  
 そこで、同項三号における「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしてやむを得ないと認められる改変」の意義についてみると、同条二項の規定が同条一項に規定する同一性保持権による著作者の人格的利益保護の例外規定であり、かつ、例外として許容される前記の各改変における著作物の性質、利用の目的及び態様に照らすと、同条三号の「やむを得ないと認められる改変」に該当するというためには、利用の目的及び態様において、著作権者の同意を得ない改変を必要とする要請がこれらの法定された例外的場合と同程度に存在することが必要であると解するのが相当というべきである。  
 以上の観点から法政大学のした本件改変の正当性に関する前記主張をみると、前記の送り仮名の変更については、日本新聞協会の新聞用語懇談会が取り決めた方式に準拠したもので、広く一般に通用する用語法に従ったものであるとし、同読点の切除については、一般的な用例に準拠したものであるとし、また、前記中黒「・」の読点への変更については論述内容の誤解の防止及び他の論文との表記の統一の観点から行ったものであり、さらに、前記改行については当該箇所においては改行の必要性が認められず、行数の削減にもなるとの観点から行ったものであるとするもので、いずれも前記の三号にいうところのやむを得ない改変に当たると主張するものである。  
 しかしながら、本件論文は大学における学生の研究論文であり、また、本件雑誌が大学生を対象としたものであることは、弁論の全趣旨により明らかであることからすると、利用の目的において、教科用の図書の場合と同様に前記のような改変を行わなければ、大学における教育目的の達成に支障が生ずるものとは解し難いし、また、前記のような性格の論文において、他の論文との表記の統一がいかなる理由で要請されるのかも明確ではない。  
 そうすると、法政大学の主張するところからは、かような著作物の利用の目的及び態様に照らし、本件論文の掲載に当たって、前記の著作権者の同意を得ない改変の必要性が例外的に許容されている一号及び二号の場合と同程度に存したものと解することは到底困難というべきであるから、かかる改変が著作権法20条2項三号の「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしてやむを得ないと認められる改変」に当たるとすることはできない。そして、このことは、仮に、前記のような改変により、当該部分の実質的意味内容を害するものではないとしても、同一性保持権が外面的表現形式に係るものであることからすると、何ら異なるところではないというべきである。
 当審が認定した著作者人格権に対する侵害行為の内容は送り仮名の付し方の変更、読点の切除、中黒の読点への変更及び改行の省略であるところ、著作物における送り仮名の付し方、読点の種類・位置、改行の要否等については、 これを規制する法令の定めはなく、また、常に厳格な文法上の約束事があるとは限らず、広く著作者の個性に委ねられ、他人がみだりに容喙(ようかい)することが相当でない分野であるといわなければならない。しかしながら、これらの改変の結果により、当該部分の実質的な意味内容が変更したと認めることはできない上、法政大学の改変行為においては一般的に広く採用されているところの表記法を採用したものであることからすると、右改変行為により本件論文の客観的価値が毀損されたものとは認め難い。また、侵害行為の態様においても法政大学において中澤氏が前記のような表記方法を厳守していることを知りながら、殊更にこれを無視して前記改変を行ったものと認めるに足りる証拠はなく、かえって、かかる事情を知らないまま読者に より分かり易い表現にするとの観点から一般的に広く採用されているところの表記法を採用したものであることは既に認定したとおりである。加えて、法政大学の前記改変により中澤氏の社会的評価が著しい影響を受けたものと認めるに足りる証拠は全くない。  
 以上のような、侵害行為が本件論文の実質的な内容及び中澤氏に対する社会的評価に及ぼした影響の程度、侵害行為の態様及びその動機等の諸事情を総合勘案すると、法政大学の前記改変行為により、中澤氏が被った精神的損害に対する慰謝料は5万円が相当であり、また、中澤氏の弁護士費用のうち法政大学の侵害行為と相当因果関係がある損害として法政大学の負担すべき額は1万円が相当であると認められる。  
 よって、原判決を変更し、法政大学は、中澤氏に対して6万円を支払え。

3 同一性保持権

 今回のケースで裁判所は、大学の学内懸賞論文募集に対する応募論文の出版について、論文の著作者の応募行為が、応募論文の著作権の贈与、出版権の設定又は出版の許諾の意思表示に当たると認めることはできないが、大学から学内誌に掲載する旨を伝えられた際に著作者が異議を唱えるなど特別の意思表示をしなかったことは、大学による論文出版の許諾を求めた行為に対する黙示の承諾に当たると認められるとして、論文の出版が著作者の承諾に基づくものであるが、やむを得ない改変があったとはいえないので、改変による著作者同一性保持権の侵害について損害賠償を命じました。
 ただし、加算の誤り訂正や、明らかな誤植の訂正については、同一性保持権の侵害に当たらないとされているので、注意が必要でしょうね。

 では、今日はこの辺で、また。


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