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「エリート」三月みどり【MF文庫】

子供が持っていたので「読んでいい?」と確認した読んだ「エリート」(三月みどり著・MF文庫)を読んで物凄い既視感。

四半世紀近く前に読んだ内容に似ていると思い資料を探しました。
少し古い本で長編なので、読んだ方が少しでも興味を持ってくれて手に取るきっかけになってくれれば嬉しいです。

兵庫助は稽古所で久三郎に太刀遣いを教えていた。まだ五歳なので、無形の位から「わが筋を打つ」という、人中路を通す打ちこみをくりかえさせ、兵法の目付け、間積りの呼吸などを教えてゆく。
久三郎は勘がよく、技を覚えるのみこみのはやさは、格別である。兵庫助は息子が、明晰に物事を理解する力をそなえているのをよろこぶが、教えれば幼児に分るはずもない剣理をも納得することに、かえって不安を抱く。
(あまりに早うのみこむのも、考えものや。はじめは、つかえるほどがよいのやが)
大器といわれるほどの兵法者は、長年の練磨を経て、しだいに光彩をあらわしてくるものであった。器用すぎる者は、修行の熱意を長年月にわたって保ちにくいものであった。太刀はこびの形をひととおり会得すると、兵法に飽いてくるのである。

柳生兵庫助 七 (津本陽著 毎日新聞社) 13ページ

兵庫助は、十歳になる長男の久三郎に、きびしく稽古をさせていた。
久三郎の剣の器量は、兵庫助が満足するほどに冴えがない。兵庫助はできることなら新陰流道統を、義直公から久三郎に継がせてやりたいと願っていた。久三郎は身の動きがはやい。努力してそうするのではなく、天性によって機敏なのである。
身体順逆の変化がはやく、敵の太刀の上下左右にくるのを見分けての打ちこみが、いきおいにのっている。間積りも、およそ理解しており、十歳の子供にしては達者なものであった。
末たのもしいと三之丞はしきりに久三郎をいつくしむ。だが、兵車助は息子の技には佐野九郎兵衛にみたような、太刀さばきの微妙なあじわいがないのを、感じていた。

柳生兵庫助 七 (津本陽著 毎日新聞社) 127ページ

清厳は亡母の千世に似た気の優しい性格であったが、幼時にすこやかな上達を見せた剣の才能が、成長するに従い、しだいに冴えを失っていた。
敏感な彼は、わが前途に暗雲のかかるのを感じとり、悩むようになる。
清厳は十歳の春から主君義直の小姓として出仕し、三百石を与えられた。義直は清厳をわが子のようにいつくしみ、彼が御前でわがままなふるまいを見せても、咎めなかった。
清厳は、組太刀稽古、間切り稽古のとき、間積りができない。相手の太刀がわが体にとどくか否かを見分ける間積りは、流儀の太刀を活かすための必須の条件であった。
間積りが正確にできなければ、組太刀の数々をすべて覚えこんでも、実戦に応用できない。
「おのしは、二十三になってまだ致しあげられぬとは情なし。さような仕儀なれば、流儀を継げぬ」
兵庫助に叱責され、清厳は日夜稽古所に籠り、工夫を重ねた。
その結果はおなじことであった。

柳生兵庫助 八 (津本陽著 毎日新聞社) 96-97ページ

「兄者は何と申された」
茂左衛門がせきこんで聞く。
「濃は兵法の家に生れ、家督を継ぐ身なるに、太刀打ちの器量に恵まれず父上の足手まといになるばかりなれば、せめて合戦に出でて討死にいたさば、家門の誉れを飾れようと」
七郎兵衛は熱湯のような涙が両眼に噴きあげてきて、仁兵街の顔が見えなくなった。
有馬入湯の旅に出かけるまえ、清厳の座敷で彼に頭を撫でられ、抱きかかえられた記憶が一時によみがえり、こらえようもなく泣けてくる。
(兄者は、兵法の手があがらぬのを、それほどまでに苦にしておられたのか。おいたわしや、ああ、おいたわしや)

柳生兵庫助 八 (津本陽著 毎日新聞社) 138ページ

本当に幼少時の「何となくできる」ほど怖いものはない。ほぼ自分用覚書。

以下は別の話(七郎(柳生十兵衛)を指導する兵庫助の話ですが、これもよく胸に刻んでおきたいのでほぼ自分用に引用。

兵庫助は、宗矩のような底意地のわるい教えかたは、誰に対しても見せたことがなかった。宗矩は七郎が将来、家光の側近として重用されるよう望んでいるのに、若君のまえでことさらに手荒く扱い、気性のはげしい息子の反発を誘いだそうとした。
そうするのは、宗矩の心中に自覚しないままに、七郎に家督を譲りたくないという願望が、ひそんでいたためであった。
七郎は父のつめたい感情を、敏感に察していた。彼は遣り場のない鬱積を家光にむけ、間切り稽古で手加減なく襲いかかったのである。
兵庫助は、宗矩のように太刀遣いのこまかな欠点を、うるさく指摘しない。鷹揚に相手をしてくれたのち、矯めなおすべき悪癖があれば、その部分の打ちこみを幾度もくりかえさせ、七郎があらためる工夫を思いつけるよう、ていねいな助言、日伝を与える。

柳生兵庫助 七 (津本陽著 毎日新聞社) 77ページ


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