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梅雨になると思い出す。

私には梅雨になると思い出す風景がある。
それは、唐突に目の前に提示された生命の無意味さであり
無意識の残酷であり、果敢無い思い出であった。

その日私は趣味で通っている格闘技の道場へ訪れていた。
ジメジメとした空気と、道に水の爆ぜる音が雨量の多い梅雨を嫌でも感じさせてくれた。
目の前では大きな大会で成績を残す男子選手と同じく実力は折り紙つきの女子選手がグラップリングをしている。
男子選手は名を藤田といい、私より二つ年下の28歳。黒い膝丈のトランクスに上半身は無駄な肉の付いていない裸を曝している。
女子選手は月野といってまだ大学生で20歳になったばかりだと聞いている。白いスポブラとほとんど水着のようなスパッツに身を包み体を操っている。
二人ともにレベルが高く、月野選手はとくにこの道場でも一目置かれる存在であった。
その攻防をそばで眺めながら、私は月野選手の美しい顔にも見蕩れていた。
汗をかいて濡れた身体は、艶かしく白い肌の向こう側にある筋肉の陰影はほとんど美術品のように美しかった。
そして、唐突にその瞬間は訪れた。

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