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僕と先輩の三ヶ月物語。1

 楽しい季節だった。

例えていうなら、背中に翼が生えたような。浮き足立ってしまってついつい鼻歌なんて飛び出すほどの陽気。川沿いの道にはいよいよ散りだした桜がそれでも僕たちの新しい季節を祝うように咲いていて、その花びらの舞い散る中を僕はとっても楽しい気持ちで歩いた。

「おう!準!まだ制服似合わねえな!」

そんな楽しい僕の背中を叩いたのは、中学生の頃から中の良い一つ年上の友人、アキラだ。

「へへへー。」

とだらしなく笑う僕に、一足先に高校生になってぐっと大人っぽくなったアキラが「たまには一緒に学食行こうな!」と言ってくれた。

どこまでも晴れ渡る青い青い空が、僕の新しい高校生活の素晴らしさを示してくれているようで目に入る全てが僕にとって最高のものだった。

クラスの担任は少し強面だが、きっと怖い人ではないんだろうなと思わせてくれる口振りが特徴的な高橋先生。周りには、僕と同じく現状、制服に着られているようなぎごちなさの残るクラスメイトが居並んで、少しばかり緊張した面持ちでいる。パリッとノリのきいたシャツみたいなシワのない緊張感というのは、実に独特だ。この瞬間にしか存在しないものだ。

僕はくるりと誰にも気づかれないように教室を見渡して可愛い女の子がいるかどうかを確かめた。

はっと目があったのは中学生からの友人、内田だ。

彼もどうやら僕と同じ試みをしているらしく、少し悪戯っぽく笑った。まあ、今のところそれほどめぼしく可愛い女の子の姿は確認できなかったがこれからに期待、というやつだった。

「準、なんか部活やんの?また、柔道部?」

休み時間、静かすぎる教室で声を潜めつつ内田がそう尋ねてくる。
僕は中学三年間は柔道部にいて、決して体も大きくないし全く強くないけどそれなりに楽しく過ごした。まだ初段にも手が届いていないけど。

「うーん、今はそのつもり。内田は?」

僕がそう尋ねると「俺は早く彼女作って青春というのをやってみたいな。」と妙に期待したような顔つきで自慢げに語った。「彼女、できるといいね。」と相槌を打つと、内田はサンキュ、と声に出さずに言った。彼女が出来なさそうな仕草だと思った。

入学してしばらくすると、入部希望届みたいなのを書くタイミングがあったので、僕は迷わず柔道部と記入して高橋教師に渡した。

「あいよ。」

と受け取ってくれた先生は品定めするように僕の体を眺めて、「怪我しないようにな。」と言ってくれた。まあ、そう言われても仕方がないような細っこい体であるわけで、経験者にも見えないだろうから。まあ、いい。許す。

そんなわけでその日の放課後、まずは仮入部という形で柔道場に初めて足を運んだ。正直、怖さが半分くらいあった。
すごく強い柔道部だったらどうしよう。という不安、またみんなで試合ができるという期待とか、ワクワクみたいなものも先行する。いろんな感情が渦巻いている、という方が正しい。

ふうううううう・・・・・。。。

と深呼吸した僕は、『柔道場』と割といかつい看板が下がっているその校舎から独立した建物の前で緊張していた。

中からは物音ひとつしない。

しん・・・と静まり返っている柔道場のその扉の向こう。
運動場を振り返れば青空の下で走り回るサッカー部や野球部の溌剌とした様子がまるで別世界での出来事のように見えて、その扉の向こうは世間から断絶された恐ろしい世界のように思えてくるから不思議だ。

しばらくの思案の後、ギッ、とようやくその扉に手をかけた僕の勇気はしかし鍵がかかっているという肩透かしの前に撃沈した。

「あら・・・やっぱ無人か・・・。」

と安堵を半分ほど迸らせている僕の背後に、ザッザッザっと、人の足音が迫る。

「っっっ・・・・!!!!!」

緊張が走って、僕は息を飲んだまま背後を振り向いた。



「。。。。。?」



僕はてっきりそこには山のような大男、しかも髭が生えていて坊主頭で下駄を履いた恐ろしい風貌の先輩が何人もいるような気持ちでいたが、
しかし実際そこに佇んでいたのは一人の可憐な女子生徒だった。

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