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拉致と埒。

大学生である智也には楽しみがあった。
それは20歳になる前からフライングで参加していた仲間内での飲み会だ。
まだ18歳だった智也にとってそれは大人への階段を上る行為に違いなかったし、学校という区切られた枠から飛び出す「社会」というものの雛型でもあった。

先月はれてハタチになり遂せた智也には18歳の頃にはなかった様々な矜持が生まれていた。多くの社会人から見ると稚拙な矜持ではあったが彼にとっては大事な生きるための指針であり誇りであった。

その中には「酒は飲んでも飲まれるな」とか「男は度胸、女は愛嬌」などというものも含まれてはいたがしかしほとんどが彼自身による彼の経験に基づく含蓄であり誰にとやかく言われる筋合いのない立派なものであることは確かだった。

ある日、智也は自分の可愛がっている後輩である亮太と亮太の彼女である美穂と三人で居酒屋にいた。

その日はその日でまだ未成年である後輩にも酒を飲ませながら、また自分自身も大いに深酒をしつつほとんど酩酊と言っていい状態で自分の人生の中で学び取った矜持を彼らに滔々と語って聞かせていた。

「いいかぁ?亮太ぁ、よぉく聞けよぉぅ 。だいたい今のマスメディアってのはヘンテコなの!わかるぅ?!ヘンテコ!だいたいさあ、今の政治家の発言ってのはなんか偏ってるんだよぉ!!それをねえ?まるでさあ、偏ってないみたいにいうってのはさあ、メディアの切り取り方なんだよ、亮太ぁ。まっすぐ見てりゃ何がへんで何が正しいかわかるってもんだろ?」

亮太も亮太であまりうまいとは思えないビールを片手にそうっす!そうっす!!とアホみたいな相槌を打つものだから智也のエンジンはかかりっぱなしだった。美穂はほとんど下戸なのでなんとなく口をつけたカシスオレンジで寝ていた。


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