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金網の男。

俺が有名になったのは去年の大晦日のことだった。
俺は自分の名前をあげるために全国生中継される大舞台のリングで対戦相手の腕をへし折ってやった。

相手は俺よりも少し年上のおっさんで、若造には負けねえよと大きなことを言っていたのでわざとギブアップできないように固定して、腕をひねり上げてそのままへし折ってやった。

どアップで映していたカメラにはおっさんの悲鳴と、腕の骨が砕けるいい音がしっかり収録されていた。

その日から俺は一躍スターだった。

もちろん、ヒーローではない。

憎まれ役のスターだ。

様々な批判にさらされたし、某匿名巨大掲示板には毎日俺に対する殺人予告が出ている。それだけ反響が大きい試合はこれまでにしたことがなかった。
俺は、要するにいい子ちゃんだったわけだ。
でもそろそろ自分を売り出してもいい頃だと思った。
最近では政治家でも自分の売名のために一般人を脅したりするじゃないか。
じゃあ格闘家だって自分の売名のために相手を好きに壊しても、いいだろう。原理は簡単だ。俺が強いから、勝った。相手は俺より弱いから何万人の目の前で、生中継のカメラの前で無様によだれを垂らしながら俺に腕を折られて泣き叫んだ。それだけのことだ。

次の試合のオファーが鳴り止まない。
仕事を選べるというのは実に気分がいい。
俺は自分のしたことが間違いではなかったのだなと確信していた。
1試合5000円の時もあった。自分でチケットを売って、それをギャラにしろという悪質な興行にも出たことがある。俺たち格闘家というのはほとんどサーカスのライオンかクマみたいなもので、本来の強さへの評価というのはほぼない。集客がどれだけあるか、という部分での評価が大半だ。強さというのはその大きな評価のうちのひと項目でしかない。

俺はそれがたまらなく嫌だった。

格闘家のくせに、口ばっかり達者で試合がしょっぱい奴なんて最低だ。
でも俺よりもそんな奴の方がいい条件の仕事にありついている現状にフラストレーションと色濃いジェラシーがあったのは事実だ。それを打破するために俺はアンチヒーローを選んだ。そしてそれは間違っていなかった。こんなに気分のいいことはない。

きっと、次に俺と試合で当たるやつは戦々恐々としていることだろう。

平気で人の腕をへし折る男との試合なんて怖いに決まってる。
そして俺は間違いなく次の試合でも相手の腕を折る。俺がそうしたいから、折るのだ。

格闘家の風上に置けない?武士道にもとる?

関係ない。金だよ。金が全てで、俺の対戦相手はみんな、俺の金のために俺に腕を折られるんだ。それが強さへの純粋な評価だし、俺が求めていた格闘技者としての在り方だ。それにだいたい弱い奴が悪い。みんな強い奴が見たくて会場に来るんだろう。そして俺は客が見たい強者の姿を見せつける。腕を折られて泣き叫んでいる相手の頭を蹴り飛ばしてやる。


と、そんなことをインタビューだなんだで答えているうちにそろそろ次の試合を決めないといけない時期が来たので、とりあえず束になっていた試合へのオファーに片っ端から目を通していた。

試合のギャラはそれぞれ、自分が一番くすぶっていた頃からは考えられない額を提示して来た。100万、120万、130万。
ひと試合やってこれだけもらえてりゃ笑いが止まらない。最高だ。
今度このあいだのおっさんの見舞いにでも行ってやろう。
「腕治ったらまた折らせてくださいね。」そうすりゃまた俺のギャラが上がるんで。どんな顔するだろうな。

そんな中に一通少し行儀のいい封書があった。

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