汗と涙の夏合宿1日目午前。

これは、僕が去年の夏に体験した合宿の思い出である。
それは部活というにはあまりにも凄惨で、自分の経験が無視され、感覚が捻じ曲げられていくような思い出だ。

それは僕が高校三年生の夏。柔道でインターハイにも出場し、とある大学から声を掛けてもらっていたので引退した夏の後半僕は一週間その大学の夏合宿に参加する事になった。
不安と期待に胸を躍らせていた僕は、まだその後僕の身に起こる恐ろしい経験を知る由も無い。

朝一番で道場に到着した僕は、裏山から聞こえるセミの声を爽やかに感じて大きく挨拶をして入った。
「おはようございます!今日からお世話になります!橙兼高校3年、梶本一樹です!!よろしくお願いします!」
そういって顔を上げた僕の目の前にはまだガランとした道場が広がっていた。
そりゃそうだよな。まだ7時半だ。集合時間の9時にはまだ少し時間がある。僕はカバンを置かせてもらってグラウンドを一人見学に出た。

大きな部活棟や校舎、コンビニなんかも入っている。これが僕の通う学校になるのか。と、夏の空気と大学独特の雰囲気を身体一杯に吸い込んで、僕は燃えていた。

30分くらいして道場に戻ると、ちらほらと先輩方の姿があった。
が、ほとんどマネージャーのようだった。女子が多く、男子の先輩は3人だけ。僕は早速先輩に挨拶に行った。
「おはようございます!今日からお世話になる梶本です!」と頭を下げると男子の先輩たちははすこし伏目がちにああ、よろしくね、と口々に小さく返事をした。あれ?まあ、何処にでもいるすこし人付き合いが苦手なタイプの人だろう。と僕は思うことにした。
次いで、僕は10人は居るだろうマネージャーの女子の皆さんにも挨拶をした。こちらはとても明るく、キャイキャイといって迎え入れてくれた。とても綺麗な人、可愛い人が多い。
もう少し時間が経って、男の先輩とさらにマネージャーらしき女子がちらほら入ってきて結構な人数となった。でもやっぱりマネージャーの数がとても多い事が気になった。
今回の合宿には僕と同じくインターハイで活躍した軽量級の選手や重量級の選手も数人招集されていた。が、僕は大学生の先輩方に興味があったのであまり彼らとは馴れ合わなかった。僕にとってはライバルでしかないのだ。

8時45分。
キャプテンと思しき、大きな男の先輩とかなり綺麗な女子マネージャーが二人上座に立って話をし始めた。
「注目!ええ、今回の夏合宿における目的と目標を確かめておきたいと思う。今回我々柔道部は、来年新しく迎える仲間と共に技術人格の向上を目指し、お互い切磋琢磨し自他共栄の精神を重んじてこの一週間を有意義に過ごす事を目的目標とする。では、女子部と合同の合宿、怪我の無いように一生懸命練習しよう!」とキャプテンが言うとみんなはぱちぱちと拍手をした。

僕は、女子部と聞いてハテナと思った。
そうか、あのマネージャー軍団は女子部の皆さんだったのか。

そうおもうと、柔道着を着ている男子、いつまでもジャージ姿の女子。なんか変だなあ。という疑念を持たずにはいられなかった。
それは準備体操が始まっても同じだった。女子部の皆さんはジャージを脱がない。はて。
まあ、そういう大学なんだろう。位にしか思って居なかった。

30分ほど掛けて基礎トレや準備運動を終えて、一汗掻いた僕らは水分補給をした。「あんまり飲みすぎるなよ。」と、通りがかりの男子の先輩に言われた気がした。ぼくは、はい、と微かな返事をした。

そして五分ほどの小休止を挟んで、主将が高校生を集めた。「いいか、高校生諸君。うちの柔道部は寝技の練習がとても重要だと考えている。これまで君らも高校で懸命に練習してきたと思うが、おそらく何の役にも立たないだろう。とくに女子部の面々には。とにかく、首と腕を死に物狂いで守れ。いいな。」主将はこそこそした声でそう話してくれた。
女子が寝技が強い大学なのか。と単純にそう解釈していた。確かに関節技や絞め技は痛いし苦しいし最悪だからな。でも僕は寝技にはそこそこ自身があったし何も出来ないなんてことはありえない。とそうたかを括っていた。

「じゃあ、寝技乱取り!200分!男子は柔道着上だけ脱げよ!」

はあ?

僕は驚いていた。まず200分ってなんだ?あと柔道着脱ぐの?なんで?

よく見ると先輩方は全員上を脱いでいた。女子部の人はジャージを脱ぎ始め、中には陸上の短距離の選手が着るようなピタッとした上下のおそろいの水着みたいなのを着ていた。
「うちはいつからかこういう柔道部になったんだよ。柔道着を着ないで、実戦的な寝技を追求するようになった。だから押さえ込みなんてのはないし、締めと関節だけ。200分の間に代わるんなら相手を代わってもいい自由乱取りだよ。午前も午後もこの調子だからな。男同士で組んでるの女子キャプに見つかったら殺されちまうから、おまえらも女子に掛かっていけ。無事を祈るよ。」隣に居た少し小さめの男の先輩が教えてくれた。その目は憂鬱な気分を如実に表していた。

よく見ると、女子部員と男子部員の数は同じで、全員が女子と男子で組んでいる。そして、僕の横にトットッと小走りに来たのもやはり女子だった。異様だなあと思っていた。
そして絞め技と関節技だけの、実戦的格闘。それがこんなにも恐ろしく、辛いものだと僕はまだ実感できていなかった。

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