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The Lore 短編集 02

ロア03

真夜中には外に出てはいけない時間がある。
それは暑くも寒くもない季節の、星が高い夜のこと。

男は山の中から星を観察するのが好きだった。

周りに電灯もない山の中からは、一段と星が輝いて見えるからだ。
最近めっきり少なくなった「ちょうどいい季節」はきっと今夜のことだろうと男は思った。暑くもなく、寒くもない。
家を出て、少し薄手のパーカーを羽織った男はイヤホンで音楽を聴きながら暗い夜の道に自転車を漕ぎだした。頬を撫でて流れ行く風の心地よさは筆舌に尽くしがたい。

少し落ち着いたジャズの音色が静かな夜の静けさをピックアップする。
少し賑やかな町の中を抜けて、コンビニで水分を買って真っ暗な山の入り口に到着すると男はイヤホンを耳から外して、小さなポシェットに直した。

町の中を走るよりは幾分肌寒いが、大したことはない。
そんなことよりも違う星から宇宙を眺めているのかと錯覚するほどの星空に息を呑んで感嘆する。吸い込んだ夜気には少しの湿気と草花の醸す柔らかくて優しくて、それでいて少しワイルドな匂いが混じっている。
ゾクゾクするような闇の中へ目をやると、星の光に目が眩んで本当に何も存在しない世界があるようにも、ないようにも見える。

男は少しその山の入り口の大きく開いた漆黒の道へ踏み出すのを躊躇ったが山頂に程なく近い展望台から望む夜空を見たい気持ちの方が強かった。
まるで押し返すように風が吹き抜けてくるその闇の中へ男は踏み入れた。

しばらく歩くと町の喧騒もほとんど聞こえなくなる。

聞こえるのは風が木々の合間を縫って走り抜ける音と、
虫の鳴く声だけだ。そのわずかな音も静寂をより際立たせる為の音だ。

しばらく歩くと闇の中にも目がなれる。

だが男には風にざわめく木々の隙間に光る危険な眼差しに気づくほどの余裕はなかった。

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