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突風。

 一枚の手紙だった。

それは、俺を呼び出す手紙。
差出人は、国だ。

「んだ?・・・これ・・。」

アパートのポストに投函されたそれは、俺の人生を大きく変えた。
大きく、大きく変えて行った。

呼出の現場は日本国技館地下闘技場とあった。
俺はそんなところを知らない。もちろん、日本国技館は知っているが、そこに地下闘技場があるだなんていう話は一度も聞いたことがなかった。


俺は格闘技一つで身を立てていた。
別にそれ以外何もできないから、という理由で昔から柔道や空手に親しみその腕を磨いてきた。大学までやった柔道は全日本クラスの選手に何ら引けを取らない実力にまでなって、だが、しかしその後に待っていたのはひどい虚しさだけだった。

柔道が強いからといって、何ができる?

学校の先生なんて無理だ。
かといって警察やもっと専門的な警備の職になんて魅力を感じない。

そんなふうに思って、ただ格闘に明け暮れ時折行われる大きな大会に出てはファイトマネーを稼ぎ、か細く、情けない生活を送るばかりだ。
もう今年30になるというのに周りの同級生と自分を比べて暗澹たる気分になる程だ。不器用に生きるとはいえ、あまりにも報われない人生だと思う。
時々無性に虚しくなる。しかしこれが俺の選んだ人生だと思えば誰のせいにもできないのは、間違いもない。


そこへきて、その手紙だ。
召集される理由は「国内での要人護衛に関するお知らせ。」と掲題されていて、内容は、「この度は、日本国籍を有する成績優秀な格闘家の皆様に要人警護のオーディションに参加していただきたくご連絡を差し上げました。つきましては日本国技館の地下闘技場で、試合をしていただき勝ち残った上位4名に年俸12億円の要人警護の職務についていただきます。」とのことだ。

味気ない安アパートの一室で、俺は体が震えるのを堪えきれなかった。
年俸、12億円だ。
まるでリアリティのない金額は、俺の人生の公開を全て拭ってくれる真っ白なタオルのようなものに思えた。ようやく泥水を啜る生活からもおさらばできる。

内閣府の印鑑が厳しく押されている返信用の手紙に名前と住所を書き、印鑑を押し、俺は迷うこともなくそれをポストに投函した。

ようやく親にも顔向けができる。
懐かしい友人たちとも、コンプレックスもなく会話ができる。
自分の弱い部分がこれでようやく。。。。


そして、俺はその日を迎えた。
当日の二日ほど前に「参加証」と思しきカードが送られてきた。
俺はそれを持って日本国技館の前に立っていた。見上げれば太陽がその天井のモニュメントに縢って、まるで日食のように綺麗な金環を描いている。
裏手にかかる入り口のところに黒い服を着た、いかにも物々しい男が立っている。3人ほどで固まっているそいつらに目掛けていくと、男たちは何も言わずかなりひっそりとしたところにある入り口から俺を中に案内した。

大きく、堂々とした作りではあるが、しかし公明正大というわけではない。
どこか秘密の入り口めいていて、静かであり、神妙である。

階段をしばらく降りると大きく開けた場所に出た。全面的に白く塗られたエリアから、さらに奥へ入ると大きな部屋があった。どうやらここが今日の参加者たちの控え室らしい。地下なので当然ながら窓もなく、息苦しい。

「こちらでお待ちください。着替えやウォーミングアップはご自由にされてください。」

男は俺を案内すると、ぶっきらぼうにそれだけ言って持ち場に戻っていった。大部屋の楽屋にはもうすでに3人ほどの参加者が集まっていた。どいつもこいつもしけたツラをしていて、なるほど食いっぱぐれていそうな奴らだった。そして、どいつもこいつも、一眼見ただけでわかる程度の猛者だった。

その体つき、目つき、纏っているオーラはやはり尋常ではない。
俺も、しかしその点劣っているとは思えない。
彼らとは挨拶もせず、殺伐とした雰囲気の中俺は控え室の端の方に腰を下ろした。

緊張感という意味では、どんな試合よりも強烈だった。

今日のこの試合が自分の人生の明暗をはっきりと分けるのは、もう間違いない。そしてそれを虎視淡々と狙うライバルが8人。各試合の勝者が警護の要職につけるのだ。

トーナメント戦でもリーグ戦でもない、ただの一発勝負。
だからこそ、はっきりとしたイメージが必要だと感じた。しかもこれは体重の差で階級が分けられ、ルールが明確な公式の試合ではなく純粋に強いものを選び出すテストだ。なりふりかまってはいられないが、冷静でないといけない。

そんなことを堂々巡りに考えているうちに、部屋には8人の男が集結していた。

黒服の1人が部屋に入ってきて、恭しく挨拶をした。
「諸君には、我々の仲間となってもらうべくぜひ健闘を期待したい。」
というようなことを言ったので、おそらく居並ぶ黒服6名もみんな要人警護の仕事についている人間なのだろう。よく見ると、それぞれが強烈な覇気を放っている。普通の警備会社の人間ではおよそ太刀打ちできまい。

「試合開始は10分後。まずは・・・・」と言って、俺は名前を呼ばれた。
はい・・・。と低く返事をしたもう1人と、一瞬目があったがあちらが逸らした。ここではエンターテイメントのような真似は必要ないからだろう。
もう1人は背の高くない、小さな男だった。年齢は、おそらく35歳ほど。
髪の毛は短く10年前はすこし甘い顔をしていたのかも知れないという感じを持った。耳は潰れていないしこの体格だから、ボクシングとか、空手とか、打撃系の選手かも知れない。

俺も彼の顔を見て、どう戦うかを決めた。
身長は俺の方がいくらか高い。打撃系であれば足を狙ってくるだろうから徹底的にガードを固めた上で投げ、極める。実戦で最も重要なのは打撃の強さよりも寝技の強さだ。寝技にまぐれはない。

そうと決まれば話は早かった。

俺はいつも通りの試合の格好である黒い膝丈のタイツに着替えて、部屋の外の広いスペースでウォームアップを始めた。
それぞれがみんな、いつ自分の出番が来るとも知れない緊張感に俺に続き、部屋を出て、大きなスペースに溢れ出してきた。
シャドーボクシングをするもの、スクワットをするもの。様々だった。

そして、俺はその瞬間を迎えた。

ガタン!!!という大きな音がして、

「うわあああああ!!!!!!!!」



1人部屋の中に残っていた、俺の対戦者のひどく情けない悲鳴が轟いた。


「たっっ!!!!助けてくれぇぇ!!!!!!」


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