特に理由はない。

 特に理由はない。

ただ漠然とした、不安。

無理やりに理由をつけるのだとすれば、漫然とくり返されていく毎日に
嫌気が差した。ということにでもなるのだろうか。

毎朝無意識の中に起きて、無意識の中で顔を洗い、
呆然と駅に向かって、奴隷船のような満員電車にわざわざ金を払ってまで乗せてもらい、人生の目標や理想から遠ざかるために仕事をして、
たった30枚かそこらの紙切れをもらうために毎日を人生の外で過ごす。

どうして自分より他の連中と同じように、
私もこういう毎日に順応できないだろう。

いや、正確に言えば順応していたのだ。

だけれど、それにだって限界はある。

永遠にこうやって生きていくことに抵抗を覚えない方がおかしいのだ。

私はそう思う。

でも、逸する機会を見過ごし続けて
もう引き返すことが難しい年齢になった。

失った時間は戻らない。

悲壮な感覚はない、むしろ意気揚々としている。
もうやりようがなくなってしまったゲームのリセットボタンを押すような気軽な感覚に似ているだろう。


私は自分の会社が入っているビルの屋上にいて、
今から身を投げようとしている。


家族もなければ、きっと悲しんでくれる友人も存在しない。

この広くて目まぐるしい世界にあって、私は孤独だ。

屋上から見渡す景色は、どこまでも人を閉じ込める建物と
ルールで目のやり場もない。足元はるか下方には蟻のように人が蠢いている。

どれだけの人間が自我を認識しているのか疑わしい。

この色をなくした世界で

私の周りの人間は皆一様に目が昏く、淀んでいる。

私は自分がそうなる前に、この行き道を誤った人生を終わりにするのだ。



大山雄太は少し風の強い晴れたある日、自分の会社が入ったビルの屋上にてそんなことを思いながら、フェンスに手をかけていた。

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