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世界が歪んだ日。

 保坂裕樹はほとんどまっとうに生きてきた。
小学生の頃には小学生らしく、中学生の頃には中学生らしく。そしてもちろん、高校生の頃には高校生らしく、その人生をまっとうに歩んできた。

小学校を卒業する頃柔道を始めた裕樹は中学を卒業する頃に彼女ができた。お互いに違う高校へ進学するけれどそれでも初めての彼女には気持ちがあった。

本当はサッカーがしたかったけど、父親の勧めもあって柔道を選んだ。裕樹はクラブ活動や町道場を通じて一生モノの友人を作ることもできた。

全国的には戦績が残るほどの活躍はできなかったけど、それでも高校の部活ではキャプテンを張って柔道部を盛り立てて行った。県大会の二回戦敗退というなかなか半端な成績をもって、裕樹の柔道部生活は終わりを迎えた。

およそ淀みなく過ぎていく青春のど真ん中で裕樹の世界は、突如歪んだ。

それはまだ夏休みの最中。

ほとんどの三年生は練習に顔も出さない中、裕樹は古巣である町道場における合同練習会に参加した。後輩たちとの緩やかな関係性も心地よく、その日は彼女も夏季講習だかで忙しいということだった。

ミンミンとセミの鳴く日本の夏であった。

空はとめどなく青く、桜の木には若々しい緑が生い茂っていて暑い夏の風に煽られるがままにザワザワと揺らいでいる。緑の匂いがムワッと鼻腔に吹き込んで、ただそこにいるだけで汗が滲むような夏色の天気だ。

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