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古今東西刑事映画レビューその43:あなたに降る夢

2011年から2015年の間、知人の編集する業界誌に寄稿していた刑事物映画のレビューを編集・再掲します。

1994年/アメリカ
 監督:アンドリュー・バーグマン
 出演:ニコラス・ケイジ(チャーリー・ラング)
    ブリジット・フォンダ(イボンヌ・ビアシ)
    ロージー・ペレス(ミュリエル・ラング)

ハードボイルド、サイコサスペンス、ガンアクション。「警察」と言うキーワードを軸に様々なジャンルの映画を取り上げてきた小欄だが、未だ登場したことがないカテゴリーがあることにお気づきの方はいらっしゃるだろうか。
それは、「ラブストーリー」である。勿論、登場する人物たちが恋に落ちたり、主人公に愛する人がいたりすることはあった。ただ、2人の人間が知り合い、様々な困難を乗り越えて、いつか結ばれる……と言う正統派の恋愛ものを題材にとったことは、未だかつてない。実を言うとこの手の映画にはあまりご縁が無い筆者だが、今回はあえて、正しきロマンチック・コメディをご紹介しようと思う。
ニューヨークの下町、クィーンズで妻と二人暮らしの生活を送るチャーリーと言う男が主人公だ。職業は警官。真面目で優秀な勤務ぶりが同僚や上司からも信頼されていて、本人も警官と言う仕事を心から誇りに思っている。休日には近所の少年たちと草野球をするのが何よりの楽しみと言う好人物だ。ミュリエルは彼の稼ぎや不規則な勤務時間に何やら不満を溜めている様子で、それが原因でのケンカもあるにはあるが、チャーリーは概ね今の生活を愛していたし、不満もなかった。
そんな彼はある日、勤務中の休憩にと立ち寄ったコーヒーショップで、ひとりのウェイトレスと出会う。厭味な店主にこき使われながらもテキパキと働く彼女の名前はイボンヌと言った。注文の食事が運ばれてくる前に、近隣で発生した事件に出動しなくてはならなくなったチャーリー。食事代を払ってしまうと、財布の中にはミュリエルに頼まれて購入した宝くじしか残っておらず、イボンヌに渡すチップが足りない。そこで彼は、「もし、宝くじが当たっていたら、半分をチップとして渡す」とイボンヌに約束し、店を立ち去るのだった。
その晩、テレビで宝くじの当選番号を確認したチャーリーは、自分が大当たりを引いたことを知る。彼とミュリエルのもとには、400万ドルと言う大金が転がり込んできた。チャーリーはイボンヌと交わした約束を妻に告白する。「見ず知らずの他人に200万ドルを渡すなんて!」と激怒するミュリエルだったが、チャーリーはたとえ口約束でも、思い付きでも、約束は約束だ、と妻を説得し、イボンヌに200万ドルのチップを渡すのだった……。
彼が当てた宝くじは、アメリカの「メガ・ミリオンズ」と呼ばれるものをモデルにしているようだ。日本で言うところのロト7と似ていて、1から75までの数字の中から5つを選び、さらに1から15までの中から1つを選ぶ。6つの数字の組み合わせがすべて的中する確率はおよそ2億5900万分の1。当たりが出なかった回の当選金は次回に持ち越しになるキャリーオーバー形式だ。本邦のロトやトトと違い1等の賞金に上限の定めがないようで、2013年には6億4800万ドル(当時のレートで約674億円)と言うとんでもない金額の大当たりが出たこともある。
チャーリーが手にした金額はその歴史的な大当たりに比べればささやかなものだが、それでも人の心を惑わせるには十分な額だったようだ。もともとファッションやジュエリーが好きだったミュリエルは人が変わったように浪費家になってしまい、美容整形や財テクにも手を伸ばす。贅沢な暮らしには全く興味がなく、警官と言う仕事を愛し、周りの人々を喜ばせることを人生の楽しみにしていたチャーリーは、彼女の豹変ぶりに戸惑うばかりだ。いつしか家庭の中で孤独を感じるようになった彼は、イボンヌに心惹かれ始める。イボンヌもまたチャーリーのように、自分の仕事に誇りを持ち、病や困難を抱える人に手を差し伸べることのできる優しい女性だったのだ。
チャーリーだけでなく、イボンヌも既婚者。前途多難なふたりの恋の行く末が、物語の最大の見せ所だ。
ラブストーリーには「困難」と言うファクターが不可欠だ。2人の恋路が困難であればあるほど、観客は彼らを応援したくなる。この物語の場合、ふたりが既婚者だと言うことがそれにあたるだろうか。しかし、不倫の恋であるがゆえに、観客が彼らに対して感情移入できなくなってしまっては元も子もない。その辺のさじ加減が絶妙で、チャーリーの妻のミュリエルにしろイボンヌの夫のエディにしろ、これでは愛想が尽きてもしょうがない……と思わせるキャラクターだ。特にミュリエルを演じるロージー・ペレスの演技は、彼女が出て来るシーンを観ているだけでも笑えるほど。必見の「怪演」である。
実話を大いに脚色し、ほとんどファンタジックなまでのストーリーに仕立て上げた本作。現代のニューヨークが舞台であるばかりに、「こんな話が現実にある訳がない!」と思ってしまうが、そんな先入観は捨て去って、善き人々に降り注ぐ幸運を共に堪能するのが正しいロマンティック・コメディの楽しみ方と言うものだろう。それはまるでオー・ヘンリーの「賢者の贈り物」のラストシーンのように、神様が我々に優しく目配せをしたかのような、優しさに満ち溢れた瞬間を切り取った作品なのである。

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