『レコード芸術』休刊の報をうけて

もう読んでから時間が経っているので正確に要約できているか心許ないが、『音楽の聴き方』において岡田暁生が述べたことは、音楽を聴くことを知るとは音楽を語る言葉を知ることにほかならないということだ。そうであってみれば、音楽を語る場は、そしてそれが多数・多様であることは、音楽文化を豊かにする。『レコ芸』はそのような場のひとつ、もっと言えば中心としてあった。

『レコ芸』の偉大さをことさらに主張しようというつもりはない。だが、私たちは言葉を発明できない。それは引き継ぐものとして、そしてその継承のなかで変化していくものとしてある。だからSNSので飛び交う評論・感想の言葉ーーそのうちの少なくない数が同誌に批判的だとしてもーーそのものが、同誌ならびに同誌で活躍した評論家たちに多くを負っている。

Twitter上では「時代」だから仕方がないという発言も多い。いかなる芸術文化もある特殊歴史的な状況下での営みであるのだから、「時代」に合わないものは淘汰される。それは必然だ。だがひるがえって問いを立てることもできる。つねに「時代」が正しいのか?

同誌が扱うのは、「クラシック音楽」という名そのものが示すように、古典とされる/なりうる音楽だ。それはある時代につくられ/消費されながら、その時代を超える価値を持つことを意味する。たとえばさまざまな音楽作品に触れるなかで、私たちは実際にある時代に不遇であった作品に、思いがけない価値があることを知るという経験をする。それは言い換えれば当時の価値観が、すなわち「時代」が(少なくとも今から考えると)間違っていたことを意味する。そして『レコ芸』はまさに、そのような価値転倒の舞台のひとつであった。

『レコ芸』が「時代」に合わないと言われるとき、その含意のひとつにはフロー型メディアの情報の優位というものがあるだろう。もちろん速報性はひとつの価値となりうる。だが大量に流れてくる情報そのものの良し悪しを判断しなければならないとき、その材料となるのはストックされた情報である。そうであれば「遅い」メディアはいまこそ必要といえる。

もちろん私は音楽之友社の経済事情を与り知る立場にない。だから休刊の決断の詳しい事情はわからない。それでも、『レコ芸』のような雑誌が今なお・今こそ必要とされていることはここで改めて主張しておきたい。もちろん同誌が完全に問題なしかというとけっしてそうではないだろう。たとえば男性の書き手が圧倒的に多いことは改善されるべきと思う(もちろんこれは『レコ芸』に限らず、音楽業界全体として検討に値する。私自身認識が甘かったことを反省している)。音楽之友社の方には時代の要請に応えつつ、かつ反時代的であるようなありかたを模索してほしいし、また私もいち書き手としてできるかぎり協力したいと思う。

沼野雄司・舩木篤也・矢澤孝樹の3氏(私はじつに多くを彼らの仕事に負っている)を発起人とした署名運動にかんして、営利企業に対してそのような申し立ては無意味との批判がある。私はかならずしもそうとは思わない。出版文化という言葉があるように、そもそも多くの出版事業は純粋な利益のみを目的としていない。儲けたいなら他に方法はいくらでもある。出版不況が叫ばれている中、それでもその価値を信じている人たち歯を食いしばっているからこそ、どうにか成り立っている事業だ。そのような志ある人たちに訴えかける手段として、支援者の数を可視化することが無意味だとは思わない。

発起人の3氏は仕事を失うことを憂いてるのではないと述べている。私もここまで書いたように、まずはその文化的意義から同誌の存続を希望する。その上でさらにあえて私個人の立場から言えば、私は仕事の機会を失いたくない。これから(とすくなくとも自分では気負っていた)と思っていた身にとって、あまりに衝撃が大きい。だから支援者・潜在的読者数の可視化を材料として、労働者側の人間として使用者側に雑誌の存続を訴えたい(もちろん、そのような仕事こそ文化を継続させるのだから、文化と労働の問題ははそうは切り離せない)。

以上の理由により、私は本プロジェクトに署名します。

さいごに、若手(いちおうそういう枠に入れられているので)として、いままで『レコ芸』を支えてきた書き手のみなさんに、そして音楽を言葉にする仕事に携わるすべての方に、最大限の敬意と感謝を述べます。私はみなさんからほんとうにたくさんのことを学び、またいまも学んでいます。そしていち書き手として微力ながらその言葉を受け継ぎたいと思っています。いまこの雑誌が危機にあるとき、みなさんがどのような言葉を発せられるのか、下の世代として期待しています。

そして(願わくは私もそのなかのひとりでありたいと思っている)これからの音楽評論をつくるみなさん。私たちの言葉がどこまで届くか、試してみませんか。少なくとも、何も言わなかった後悔をしないために。

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